タイムスリップ物語 50

同じく6日夜。

一旦休戦に入った大坂方では活気が戻っていた。
福島・浅野という豊臣恩顧の、新たな兵力が加わったことが大きく
影響している。
西軍総大将の毛利輝元はこれに驚いていたが、
味方の大名が石田三成立花宗茂くらいしかいなかったので
心強いとは思っていた。
ちょっとした宴が催され、酒好きの正則は早速盃に手を伸ばしたが、
三成が制止した。
「三成!」
「お前は一度飲むと泥酔するまで飲み続けるからな」
正則はチッと舌打ちした。
昔ならばこのまま三成を殴りかかっているだろうが、
正則の中にいある理性がそれをかろうじて抑制した。
様子を見て安心した三成が優しく話しかける。
「お前と話したいことが山ほどあるんだ。付き合ってくれ」
「……幸長じゃダメなのか」
「そうだな、彼も呼ぼう。来てくれないか」
三成はそう言って一室を設けた。
その部屋には毛利輝元立花宗茂が同席していた。
そこに三成と正則と幸長が加わる。
聞き出したい内容は関ヶ原の合戦に至るまでの経緯と、
此度の大坂合戦に至るまでの経緯だ。
正則は面倒臭がって話を省略したが、幸長が代わりに
丁寧に説明してくれたので話の大筋は理解できた。
そして、三成は戦とは関係のない話題を出してきた。
「俺がここ大坂まで逃げることができたのは、ひとえに、
ある娘のおかげなのだ」
その言葉に正則は耳を立てた。
「あの娘は、俺達の争いをやめさせようとした。
不思議なもので、あの娘は、未来を知っていた。
娘は、まるで、お前のことも知っている風だった」
三成は正則を上目遣いで見やる。
正則はハッとした表情で口を開く。
「それはまさか…あの…」
三成と正則が思い浮かべた娘は一致していた。
「じゃ、まさか、アイツが敗将のてめえを助けたってのか!」
「そうだ」
「なんてこった…アイツは東軍の味方じゃなかったってことかよ」
「それは違う」
「どう違うんだ」
「あの娘は…西軍の味方でも東軍の味方でもない。
俺達の間に立って、仲直りさせようとしていただけだ」
「!」
正則は記憶を掘り起こした。
娘…相原結の目の前で、情けなく泣いた日のことを思い出した。
あの時の正則もずっと後悔していた。
結はそれを感じ取ったのかもしれない。
だから、争いと止めようとしたのだろうか?
「アイツ…俺と会う前には、大坂でお虎に会ったってんだ。
だからきっと、お虎からもいろいろ話を聞いたはずだ」
「ああ…聞いた」
三成は関ヶ原合戦の前、結に説得されたことを思い出した。
そして、抜けた笑いが出た。
「三成?」
「ははは…俺達はあの娘一人に、運命を大きく左右されたというわけだ。
おかげで俺も気づかされることが多かった。娘には、感謝している」
「……」
「どうすれば、今なお続く戦に終止符を打てるだろうか?」
三成は一同を見渡した。
三成はこの戦が始まる前に家康に説得した。
だが、聞き入れられなかった。
立花宗茂が提案する。
「二つ方法があります。一つは、家康自身を捕える。
もう一つは、東軍諸将を根こそぎこちらに寝返らせる。
いずれも一筋縄ではいきますまい」
浅野幸長も口を挟んだ。
「立花殿の言う通りですよ。徳川殿を捕えるだなんて容易じゃないし、
東軍の諸大名とて、一度は石田三成打倒を誓った者ら…
私共のように何度も味方を変えるような真似をする者は、そう多くない。
つまり、戦は避けられない」
「それでも…やるしかない」
三成は頑なに言い張った。
「ならば…」
宗茂が皆の顔を見渡してから此度の戦の東軍布陣図を取り出した。
「徹底的に叩く作戦に出ますか?」
「どうするのだ」
三成は問う。
宗茂はあらゆる面で優秀だった。そのため皆、宗茂に一目置いている。
「そんな大したものではありません」
宗茂は場の緊張を解すために笑ってみせた。

その時、三成達のもとへ一人の人物がやってきた。
その者は三白眼で、三成で同じ五奉行のメンバーだった増田長盛であった。
増田長盛は、西軍に与し戦いながらこっそりと
東軍への保身工作を行っていた
立場のはっきりとしない人物であったが、
三成が大坂城に戻ってきてからは長盛が一方的に
三成らに接するのを控えていた。
「何用で」
三成が尋ねる。
「…新たな味方が大坂に駆けつけましたぞ」
「味方?」
「土佐の長宗我部盛親殿です」
「!」
長宗我部盛親は、関ヶ原より前、
家臣と諮らって東軍へ味方する予定だったが、
長束正家が設けた水口の関所により家康宛てに遣わした文書が突破できず、
やむなく西軍へ味方していたのである。
関ヶ原の合戦では戦場から離れたところに布陣し、
ほぼ戦うことなく西軍敗戦の報せを聞いて逃げたという。
盛親は、一度は四国まで渡ったが、どういうわけが大坂へ
危険を承知で引き返してきたというのだ。
「ここまで通してくれ」
三成と一同は驚きつつ盛親の参上を待った。
しばらくすると、長盛は盛親を連れて戻ってきた。
盛親は銀髪で小麦色の肌、青緑色の瞳をしており、
誰もが見上げるほどの長身であった。
南国土佐が生んだ出来人・長宗我部元親の四男である。
「長宗我部殿」
三成は立ち上がり、盛親の両手を取った。
「いかにして、大坂へ参られた」
盛親は恥ずかしそうにこう答えた。
「儂は、先の関ヶ原で何の活躍も出来ず、ただ西軍の敗戦を聞いて
逃げて、何ちゅうか…己が情けのうなってしもうてな、
せめて敵に一泡吹かせちゃろうと思い…参った次第じゃ。
もっと早う参れば良かったと思うちょる。遅れてすまん」
「謝ることなどない…むしろ味方が増えて喜ばしいくらいだ」
そうだろう?と三成は正則達を見た。
正則達は無言で頷いた。
しかし、盛親も引き連れて来れた兵が少ない。
いざ籠城となっても、大坂城であれば十分持ちこたえるだろうが、
やはり関ヶ原での敗戦が大きかった。
その後、三成は宗茂の作戦を聞き、
正則や幸長による東軍の情報も徹底的に聞き出した。

今の状況を変えるための、打開策を。