タイムスリップ物語 53

如水は清正に尋ねた。
「主計殿は、関ヶ原の件しか聞き及んでおられぬかな」
「それは、どういう…」
「確かに関ヶ原では徳川方…味方が勝利した。じゃが、
実はまだ向こうでの戦は終わっておらぬのよ…」
「……」
「敗れた石田三成大坂城に立て篭り、再度徳川方に
戦を挑むというところまでの情報が儂のもとには届いておるのじゃが、
そこもとにはその報せは入ってはおらぬか」
「…いえ」
「主計殿は先程、薩摩の島津へ
“徳川殿と計らって”降伏を呼びかけると申されましたが、
内府殿はまだ完全勝利を収めておらぬ…
三成めはおそらく、大坂城に籠っていた毛利中納言の主力部隊を
含め今頃戦っておろう。分かりますかな」
「はあ」
如水は急にカッカと笑い出した。
「まぁ、あの島津への攻撃は一筋縄ではいくまい。
向こうも敵だらけの中、我々に戦を挑むとは思わぬ。
しばしの間、互いに様子見が続くであろう」
「…はぁ」
「一旦各所へ兵を残して国許へ帰るのも悪くない」
「それでは…」
「うむ。主計殿の申される通りに致す」

如水は野心深い人物として知られている。
今の如水は建前上東軍だが見方によっては第三勢力。
西軍と東軍…勝った方を攻める計画を企てていたらしい。
ただ、その計画を清正に告げれば清正は反対するかもしれない。
逆に勘の鋭い如水は清正の意向に気づいていたようだ。

清正から疑惑を抱かれないよう、
ここは一旦言われるがまま退くのが得策だと考えたのである。

こうして九州はほぼ平定された。

清正は安堵の思いで肥後へ帰還した。
まさか如水のもとにも大坂の件が知れ渡っているとは
思わなかったが、こちらをさほど疑い追求することなく
承諾してくれて良かったと思っていた。
別の言い方をすれば、如水の方が一枚上手であった。
「これで…如水殿は動かぬだろう。
俺も停戦に入る。後は三成次第か…」


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10月下旬…九州の地にも、大坂合戦の結果が伝わった。
豊臣秀頼の号令により終戦に至り、東軍は処分を受けなかったということを。
関ヶ原の合戦、加えて大坂合戦に参加した諸将は未だ大坂に留まっている。
何故ならば、各地で戦っていた諸将に、攻略済みの全ての領地と城を返還する
ことを命じ、了承された上でその処理が全て終えてからでなくては
諸大名は安堵して国許へ帰国することができないからだ。
もし1つでも、これに逆らう勢力があれば、それを屈服させねばならないからだ。

如水説得の後熊本城に帰還した清正も、その報せを聞いて驚愕しつつ安心した。
「勝ち負けなしというわけか」
清正はすぐに結達にこのことを教えてやった。
隼人は結にこう言った。
「結が望んでた通りの結果になったな!石田殿も無事だよ」
しかし結は喜ぶ反面満足してない表情を見せている。
「どうした、嬉しくねえのか?」
「ううん…もちろん嬉しいよ。でも…」

これは先日、小西行長から関ヶ原の詳細を聞いた清正を
通じて知った話だ。
石田三成関ヶ原で、家臣や友人を失ったという話だ。
結や隼人は関ヶ原で負けた直後の三成と会っている。
しかしあの時三成はそんなこと一言も語らなかったのだ。
島左近を筆頭とした多くの重臣
三成の長年の友であった大谷吉継など…
清正は丁寧に名を一つずつ列挙した。
特に、結は左近と面識があったのでその死を悼んだ。
大谷吉継のことは、清正もよく知っている人物だそうで、
昔を懐かしみながら吉継の人となりを語った。
「吉継兄も、俺や市松、孫六や三成と同じ秀吉様子飼いの将だ。
ガキの頃からの付き合いさ。昔の吉継兄は怒らせると恐い男でな、
いたずらをしたらよく引っ叩かれたものだ」

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「…石田さんは、気丈に振舞ってたけど本当は……」
そんな結の不安を清正は打ち消した。
「大丈夫だ。三成はいつまでも思い悩むような奴じゃない。
心配ならまた会いに行けばいい。きっと、いつもの三成のままだ」
清正はそう言いながら、起ち上がった。
「こちらの戦後処理が済んで一段落ついたら、
俺は一度大坂に上る。これにはお前たちも同行してもらうぞ」
「え?」
「俺は秀頼公にご挨拶した後、またすぐ肥後へ戻るが、
結はそのまま畿内に留まるがいい」
「どうしてですか?」
「忘れたわけではあるまい。お前は、未来へ帰らなければならない。
そこでだ。京の都に、とある陰陽師の一族がいる。
この陰陽師の主が、また特殊な能力を持った者だそうで、
噂に聞いたところ、異世界の時がどうとか……
…まあ、とにかくお前の役に立ちそうな内容だったから
ここを訪ねてみる価値はあると思ってな。どうだ?」
陰陽師…」
結は隼人の顔を伺った。隼人は顎に手をこう言う。
「俺もそっちの方面には明るくないのでよく分かりませんが、
よくそんな情報を聞きつけましたね。その話題流行ってたんですか?」
「いや、だいぶ前だが夏に大坂で結と初めて出会って別れた後、
帰るついでに結のことで、大坂で何か手がかりになりそうな情報を
収集していたら運良く結の事情に近い話を入手できただけさ」
「へえ…」
割りと結のこと気に入ってるんだな…というふうに隼人は清正を捉えた。
その傍らで結はまた別のことを考えていた。
「(ここに来てからもう3ヶ月以上経ってるんだ…)」
結がこの時代にやって来たのは7月初めだった。そして今は10月下旬。
こちらの暮らしに慣れたのか、結はあまり寂しいと思うことがなくなった。
結にとって強い心の支えとなったのが隼人と清正の存在であった。
しかし、帰りたくないわけではない。
「(そうだ私…帰らなきゃ…)」
途中からは歴史を変えるために奔走してきたが、
本来の目的は未来に帰ることだ。
「………」
「浮かない顔をしているな」
「えっ」
清正は言う。
「だが、これで本当に未来に帰れる確証もないんだ。
片っ端から試してダメだったら、お前はこの加藤家が責任を持って引き取る」
「引き取るって…?」
「俺のもとにいて良いんだ」
「!」
「もちろん無理強いはしない。ただ身寄りのない、ここでの生き方を知らないお前が
この時代で生きていくためのは非常に困難。お前は今日までそこに控える
隼人の世話になって生きてこれた。それは隼人が徳川の家臣であり、
資金を持っていたからだ。だが、今の隼人は浪人も同然。
ならば我が加藤家に仕えるのが最良の手段だと思うのだが」
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ加藤殿」
隼人が割って入った。
「加藤殿が俺たちのためにそこまで話を進めてくださってるのは感謝します。
ですが、結が無事未来に戻れることが大前提です。
それが彼女にとっての最高の幸せであり、望んでいたことなのですから。
確かに戻れる可能性は低いです。下手したら、一生ここで暮らすことになります。
ですが絶対、結を未来に帰します」
「……何を、そんなムキになっておる」
「あ…」
隼人はハッとして赤面した。
結も少々驚いている。
「隼人君…どうしたの?」
「……」
「大丈夫だよ。私も、そろそろ帰らなきゃって、思ってたから…
絶対に帰るから。これ以上みんなの迷惑かけるわけにはいかないし」
「…っ、何で遠慮してんだよ」
「隼人君こそ、何にムキになってるの?」
「ムキになってねえよ」
「…ムキになってるじゃん、ねえ?」
は清正と顔を見合わせた。
清正は苦笑しながら、
「まぁそういうわけだから、この(陰陽師)話、念頭に置いておけ」
と言って退室した。

残された結と隼人は気まずさを覚えた。