旅行

全然顔出せてませんね…

昨日は呉に行ってきました。
特別企画展中の大和ミュージアムには軍艦の模型や
貴重な史料がたくさんあって非常に勉強になりました。
日曜に呉へ行けば自衛隊の艦艇に入ることもできるのでお得ですよ!
ちなみに私が好きな軍艦は戦艦長門です^^

下の写真は上から零戦62型、大和模型、海上自衛隊呉史料館の潜水艦あきしお、九三式酸素魚雷です。

タイムスリップ物語 53

如水は清正に尋ねた。
「主計殿は、関ヶ原の件しか聞き及んでおられぬかな」
「それは、どういう…」
「確かに関ヶ原では徳川方…味方が勝利した。じゃが、
実はまだ向こうでの戦は終わっておらぬのよ…」
「……」
「敗れた石田三成大坂城に立て篭り、再度徳川方に
戦を挑むというところまでの情報が儂のもとには届いておるのじゃが、
そこもとにはその報せは入ってはおらぬか」
「…いえ」
「主計殿は先程、薩摩の島津へ
“徳川殿と計らって”降伏を呼びかけると申されましたが、
内府殿はまだ完全勝利を収めておらぬ…
三成めはおそらく、大坂城に籠っていた毛利中納言の主力部隊を
含め今頃戦っておろう。分かりますかな」
「はあ」
如水は急にカッカと笑い出した。
「まぁ、あの島津への攻撃は一筋縄ではいくまい。
向こうも敵だらけの中、我々に戦を挑むとは思わぬ。
しばしの間、互いに様子見が続くであろう」
「…はぁ」
「一旦各所へ兵を残して国許へ帰るのも悪くない」
「それでは…」
「うむ。主計殿の申される通りに致す」

如水は野心深い人物として知られている。
今の如水は建前上東軍だが見方によっては第三勢力。
西軍と東軍…勝った方を攻める計画を企てていたらしい。
ただ、その計画を清正に告げれば清正は反対するかもしれない。
逆に勘の鋭い如水は清正の意向に気づいていたようだ。

清正から疑惑を抱かれないよう、
ここは一旦言われるがまま退くのが得策だと考えたのである。

こうして九州はほぼ平定された。

清正は安堵の思いで肥後へ帰還した。
まさか如水のもとにも大坂の件が知れ渡っているとは
思わなかったが、こちらをさほど疑い追求することなく
承諾してくれて良かったと思っていた。
別の言い方をすれば、如水の方が一枚上手であった。
「これで…如水殿は動かぬだろう。
俺も停戦に入る。後は三成次第か…」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


10月下旬…九州の地にも、大坂合戦の結果が伝わった。
豊臣秀頼の号令により終戦に至り、東軍は処分を受けなかったということを。
関ヶ原の合戦、加えて大坂合戦に参加した諸将は未だ大坂に留まっている。
何故ならば、各地で戦っていた諸将に、攻略済みの全ての領地と城を返還する
ことを命じ、了承された上でその処理が全て終えてからでなくては
諸大名は安堵して国許へ帰国することができないからだ。
もし1つでも、これに逆らう勢力があれば、それを屈服させねばならないからだ。

如水説得の後熊本城に帰還した清正も、その報せを聞いて驚愕しつつ安心した。
「勝ち負けなしというわけか」
清正はすぐに結達にこのことを教えてやった。
隼人は結にこう言った。
「結が望んでた通りの結果になったな!石田殿も無事だよ」
しかし結は喜ぶ反面満足してない表情を見せている。
「どうした、嬉しくねえのか?」
「ううん…もちろん嬉しいよ。でも…」

これは先日、小西行長から関ヶ原の詳細を聞いた清正を
通じて知った話だ。
石田三成関ヶ原で、家臣や友人を失ったという話だ。
結や隼人は関ヶ原で負けた直後の三成と会っている。
しかしあの時三成はそんなこと一言も語らなかったのだ。
島左近を筆頭とした多くの重臣
三成の長年の友であった大谷吉継など…
清正は丁寧に名を一つずつ列挙した。
特に、結は左近と面識があったのでその死を悼んだ。
大谷吉継のことは、清正もよく知っている人物だそうで、
昔を懐かしみながら吉継の人となりを語った。
「吉継兄も、俺や市松、孫六や三成と同じ秀吉様子飼いの将だ。
ガキの頃からの付き合いさ。昔の吉継兄は怒らせると恐い男でな、
いたずらをしたらよく引っ叩かれたものだ」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「…石田さんは、気丈に振舞ってたけど本当は……」
そんな結の不安を清正は打ち消した。
「大丈夫だ。三成はいつまでも思い悩むような奴じゃない。
心配ならまた会いに行けばいい。きっと、いつもの三成のままだ」
清正はそう言いながら、起ち上がった。
「こちらの戦後処理が済んで一段落ついたら、
俺は一度大坂に上る。これにはお前たちも同行してもらうぞ」
「え?」
「俺は秀頼公にご挨拶した後、またすぐ肥後へ戻るが、
結はそのまま畿内に留まるがいい」
「どうしてですか?」
「忘れたわけではあるまい。お前は、未来へ帰らなければならない。
そこでだ。京の都に、とある陰陽師の一族がいる。
この陰陽師の主が、また特殊な能力を持った者だそうで、
噂に聞いたところ、異世界の時がどうとか……
…まあ、とにかくお前の役に立ちそうな内容だったから
ここを訪ねてみる価値はあると思ってな。どうだ?」
陰陽師…」
結は隼人の顔を伺った。隼人は顎に手をこう言う。
「俺もそっちの方面には明るくないのでよく分かりませんが、
よくそんな情報を聞きつけましたね。その話題流行ってたんですか?」
「いや、だいぶ前だが夏に大坂で結と初めて出会って別れた後、
帰るついでに結のことで、大坂で何か手がかりになりそうな情報を
収集していたら運良く結の事情に近い話を入手できただけさ」
「へえ…」
割りと結のこと気に入ってるんだな…というふうに隼人は清正を捉えた。
その傍らで結はまた別のことを考えていた。
「(ここに来てからもう3ヶ月以上経ってるんだ…)」
結がこの時代にやって来たのは7月初めだった。そして今は10月下旬。
こちらの暮らしに慣れたのか、結はあまり寂しいと思うことがなくなった。
結にとって強い心の支えとなったのが隼人と清正の存在であった。
しかし、帰りたくないわけではない。
「(そうだ私…帰らなきゃ…)」
途中からは歴史を変えるために奔走してきたが、
本来の目的は未来に帰ることだ。
「………」
「浮かない顔をしているな」
「えっ」
清正は言う。
「だが、これで本当に未来に帰れる確証もないんだ。
片っ端から試してダメだったら、お前はこの加藤家が責任を持って引き取る」
「引き取るって…?」
「俺のもとにいて良いんだ」
「!」
「もちろん無理強いはしない。ただ身寄りのない、ここでの生き方を知らないお前が
この時代で生きていくためのは非常に困難。お前は今日までそこに控える
隼人の世話になって生きてこれた。それは隼人が徳川の家臣であり、
資金を持っていたからだ。だが、今の隼人は浪人も同然。
ならば我が加藤家に仕えるのが最良の手段だと思うのだが」
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ加藤殿」
隼人が割って入った。
「加藤殿が俺たちのためにそこまで話を進めてくださってるのは感謝します。
ですが、結が無事未来に戻れることが大前提です。
それが彼女にとっての最高の幸せであり、望んでいたことなのですから。
確かに戻れる可能性は低いです。下手したら、一生ここで暮らすことになります。
ですが絶対、結を未来に帰します」
「……何を、そんなムキになっておる」
「あ…」
隼人はハッとして赤面した。
結も少々驚いている。
「隼人君…どうしたの?」
「……」
「大丈夫だよ。私も、そろそろ帰らなきゃって、思ってたから…
絶対に帰るから。これ以上みんなの迷惑かけるわけにはいかないし」
「…っ、何で遠慮してんだよ」
「隼人君こそ、何にムキになってるの?」
「ムキになってねえよ」
「…ムキになってるじゃん、ねえ?」
は清正と顔を見合わせた。
清正は苦笑しながら、
「まぁそういうわけだから、この(陰陽師)話、念頭に置いておけ」
と言って退室した。

残された結と隼人は気まずさを覚えた。

タイムスリップ物語 52

全ての判断が家康に委ねられた。
家康は決して態度には出さないがたいそう悔しがった。
それでも、家康には長い見通しがあった。
「(この場が丸く収まっても、いずれまた諸将の間に亀裂が走るだろう…)」
その時まで生きられるかどうかが家康にとっての問題であった。
ここにいる諸将よりも老齢であるのが現状だ。
家康の脇にいた本多忠勝が無念そうな表情を浮かべてこちらを見ている。
「……秀頼君直々のお頼みとあらば、やむを得まい。
儂は豊臣家のために奸臣石田三成と戦っておったからのう」
家康は戦を終わらせることにした。
三成の和議の申し出を断り、淀殿を中立にまわし、
強引に戦を続けただけあって、後味が悪かった。
「(いつか必ず…隙を見て天下を狙ってやる…)」

やけにあっさりしているな…と黒田長政らは思った。
使者にこのことを大坂方に報せ、武装を解いた諸将は秀頼の元に
集まった。
秀頼は述べた。
「今回の件を私は咎めない。その代わり、二度と争いはせぬと誓ってくれ」
秀頼のこの発言には三成の提案が混じっていた。
誰も処罰したくない三成が、直々にお願いしたという。
不思議なものである。
普通ならば、無駄に戦を長引かせた東軍諸将は多少の処分を
受けても何らおかしくはないのである。
だが三成は、それをしなかった。
今まで通りの体制を続行することを望んでいた。


(この望みが、再び災いを招く結果になるのは、またのお話…)



こうして、東西の争いは一件落着した。
秀頼に一礼した後諸将はそれぞれ誓書を書いて秀頼に差し出した。
その後諸将は、大坂の城下町にある各々の武家屋敷で夜を明かした。
東軍だった諸将はこの日、静かな夜を過ごした。
終戦で事を済ませたために、自分達は関ヶ原及び
その前後の合戦で無駄な犠牲を払ったからだ。
関ヶ原で勝利を収めたものの、
負けた西軍の領地を貰えるわけでもなく…
東軍にとっては何の利益もなかったのが現実だ。
これを口惜しいと思うか、仕方がないと思うかは各々次第。

この日の夜、三成は小早川秀秋に会ったという。
秀秋は関ヶ原で東軍に寝返り三成の友人である大谷吉継を死に
追いやった人物としても見られている。
あの日以来、秀秋はずっと縮こまっていた。
存在という影も薄くなっていた。
大坂合戦でもあまり活躍をしなかった。
秀秋は、三成の顔を見るや否や恐縮した。
「…っ」
「……金吾殿」
三成も秀秋の顔を見て一瞬怒りが湧いたが落ち着かせた。
東西両軍、最終的に和睦を結び終戦というカタチで終わったのだ。
秀秋のあの行為は水の泡と化しただろう。
秀秋は、また不遇な扱いを受けるのではないかと恐れた。
だが三成は平常心を保って接した。
「金吾殿…貴方は、豊臣の一族でありながら、豊臣を裏切った。
その罪は重い。そして、あの戦で俺は大切な友人を失った」
「……」
「それでも貴方は豊臣の人だ。償われよ」
「っ…」
「私は貴方を許せないが、かと言って貴方を追い詰めようとも思わない。
私も友人や家臣を失ったことは悔しい、悲しい。
だが、前を向いて生きていく。
貴方も。過ぎたことをいつまでも思い悩むのはやめなされ。
もっと前を向いて、思いっきり生きられよ」
「三成…」
「私が言いたいのはそれだけです」
三成はそう言って立ち去った。
秀秋は、ただ呆然と立ち尽くすしかなかった。
三成は、廊下を歩きながら、先だった吉継の左近の供養のことを
考えながら、結達のことも気にした。
「九州は、どうなっているのだろう……」




福島正則浅野幸長と共に加藤嘉明と再会を果たした。
嘉明が此度の終戦に貢献したことを聞いた正則の喜びようは尋常でなかった。
「ようやった…ようやった!!」
正則は嘉明の肩に腕を回し乱暴に揺すった。
「市松、落ち着いて…」
「俺ぁ嬉しいんだよ!なぁ幸長もそうだろ?!」
「はい」
幸長も喜んでいた。
「ですが、正則さんは本当に、治部を許すのですか?」
「今回は大目に見てやんのよ。何より、秀頼公に二度と戦をしないよう
言われたばっかだしな。それに…」
「それに?」
「…俺達子飼いがケンカしてたら、俺達を育ててくださった
草葉の陰の太閤殿下が……いや、親父殿が悲しむからな」
「……そうですね」
正則は二人の盃に酒を注ぎながらこう言った。
「そういや、東北はとっくに戦を終えたそうだな」
「ええ。上杉と最上は長谷堂城にて膠着状態にありましたが、
関ヶ原での西軍敗戦を聞いた上杉軍が撤退して米沢に帰還したそうです。
東北だけじゃありません。
北陸や畿内、四国でも終戦を迎えたそうです。
終戦のほどが明白でないのは、九州くらいで…」
九州と聞いて、正則は表情を変えた。
「九州はまだ戦闘中か?」
「分かりません。しかし少なくとも先月の段階では戦闘中と聞きました」
「…早く、九州にも報せが届くと良いな」
正則は盃を口につけた。
嘉明は沈黙を保っていた。
気になった幸長が声をかける。
「如何なされました?」
「いや……何でもない」
嘉明は遥か彼方九州の方角を見つめていた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

九州では大坂合戦が終わった翌日の15日に、
肥後の加藤清正が九州で勢力拡大中であった黒田如水と面会した。
如水は14日に、途中から東軍へ味方した鍋島直茂らと
毛利秀包領の久留米城を開城させ接収していた。
そのため如水は筑後国久留米に在陣している。
清正は十数名の家臣を連れて赴き、早速如水と面会した。
黒田如水……出家前は孝高と名乗っており、通称は官兵衛。
かつて、今は亡き秀吉の側近として仕え、故竹中半兵衛と並び両兵衛と
称され秀吉の天下取りに貢献した、その知略は天才と言われた人物である。
だが後に彼はその野心を警戒され、九州に追いやられ、今に至る。
九州にはまだ関ヶ原での勝敗の行方が知り届いていない。
だからまだ九州は戦闘中である。
此度の清正の目標は、如水の各地への攻撃を中止させ、
大坂本戦の負担を減らすため九州を終戦に向かわせることであった。
如水は清正が来るなり笑顔で接した。
「おうおうこれはこれは主計殿…突然の訪問で何もおもてなしが
できず、申し訳ない」
「いえ…お構いなく」
清正は陣中で与えられた席につく。
「して…主計殿が自ら出向かれるとは、余程重要な話があるのだと
思われるが」
「その通りでござる。手前がここへ参ったのは他でもない、
如水殿に国許にお戻りいただくため話をしに参った所存」
「国許へ戻れとな?」
清正は頷いた。
「それはつまり、戦をやめよということですかな?」
「はい。先月15日、石田方の軍勢と徳川方の軍勢が関ヶ原の地にて
衝突し、たった半日で勝敗がついたとの報せが入りました」
「うむ。それは儂も数日前に知った」
「ご存知でしたか」
「それとほぼ同時に、儂の水軍部隊が豊後水道付近で
関ヶ原より引き上げてきた島津惟新殿の軍船と鉢合わせたそうでな。
ま…惟新殿は薩摩まで逃げ帰ったようじゃが…」
「知っているのでしたら話は早い。本戦にてお味方が勝った以上、
もはや戦は無用でござる。九州で残った敵の勢力は島津のみ…
主力をほとんど国許に残したかの勢力との交戦は避け、
徳川殿らと計らって
降伏を呼びかけるのが利口な手段と心得まする」
「うむ。儂もそう思っておる」
「良かった…わざわざ手前が出向くまでもありませんでしたな…」
「……」
この時如水の目が黒光を帯びたのに清正は気づかなかった。

如水は知っていたのだ。
本戦はまだ終わっていないことを。
(九州には終戦の報せがまだ届いていない)
確かに三成らは関ヶ原にて敗れた。
しかし、大坂にて最終決戦を迎えようとしているところまで
情報は如水の元に行き届いていた。

タイムスリップ物語 51

10月7日、朝。

大坂方は作戦に出た。
その作戦が如何様なものであったかはご想像に任せる。
戦上手の立花宗茂を先手とした大坂方の作戦は大成功に終わり、
遠方に布陣している徳川家康本陣と、数日前大坂に到着した
徳川秀忠の本隊を除くほぼ全ての東軍諸部隊が
かなりの痛手を負った。
東軍は不利な状況にあった。
彼らは豊臣家そのものに敵対しているわけではないので、
城に向かって攻撃することはできない。
大坂方は頻繁に城への出入を繰り返している。
東軍にとって大坂方が城から出てきた時しか攻撃する手段がないのだ。
初めこそ意気揚々として西軍を追い詰めたが、
やはり豊臣家を盾にされると心苦しかった。
かねてから家康は大坂城淀殿に、三成には一切加担しないことを
内密に約束させたが、それだけではやはり大坂城を本陣とする
三成達に歯が立たなかった。
少し焦りを見せた家康が言う。
「このままでは我らが逆賊扱いされてしまうであろうな」
豊臣を利用するべく挙兵した三成を討つつもりが、
予定が狂ってしまった。
ここまで来ると三成討つべしという気持ちで起ち上がった
大名の戦意は削がれている。
その後も東軍は思うように西軍を叩くことができなかった。
竜頭蛇尾の戦闘が数日続いた。

一週間が立った14日のこと。
大坂で大きな動きが見られた。
突如、大坂城の主たる豊臣秀頼が両軍に終戦を申し出たのだ。
秀頼は、家康と淀殿の密約以来、
大坂城天守で情勢を見守ることしかできなかったのだが、
今回は己の意志で行動を起こしたという。
何よりも驚いたのは両軍の諸将だ。
数え年8歳の秀頼は拙い言葉でこう言った。

「戦をやめて、仲良く手を取り合ってほしい。
真に豊臣を思っているのなら、犠牲者は出さぬはずだ」

秀頼のこの言葉は豊臣家の正式な使者によって東軍にも
届けられた。
一番苦渋の色を浮かべているのは家康だった。
家康は、天下を取るつもりだったからだ。
東軍の諸将は決断を迫られていた。
ここで秀頼の頼みを断れば完全に豊臣の敵となり、
合戦を強いられる。
受け入れれば今まで通り豊臣の家臣として生きることになる。
停戦の申し出ではないのは一目瞭然だ。
今までのことを帳消しにして、元通りになることを願っているのだ。
重い沈黙が続く東軍諸将の中で、真っ先に声を上げたのは
普段大人しい加藤嘉明であった。
「やめるべきだ」
嘉明は立ち上がって主張した。
「秀頼様は、平和を願っておられる。
俺は、これ以上の戦いに価値を見出せない…」
池田輝政が首を横に振った。
「この機を逃したら、また三成が豊臣を利用する」
「違う」
嘉明はいつにない強気な口調で出た。
「三成は…豊臣を利用するつもりなどない」
山内一豊が尋ねる。
「何故そう言い切れるので?」
「こちらの思い込みだからだ」
「!」
嘉明は続ける。
「三成は嫌われ者だった。我々もまた、三成を憎んでいた。
そのことが、三成は豊臣を乗っ取るだとか…
ありもしない法螺話を作り出した」
一同を見渡した。
「先の、小山評定にて誰よりも早く三成討つべしとの決断を
したのは誰であったか…」
——————福島正則である。
「市松は利用されていた。三成憎しの感情を、
東軍の勝利のために、利用されていた」
嘉明はチラリと黒田長政を見た。
「市松の発言は効果絶大だった。あの時、正則ですら、
内府殿の味方をするのかと…思っただろう。
彼一人の発言が決め手となり、
ここにいる者全てが次々と内府殿のお味方を申し出たのは、
偽りのない真実…」
長政が低い声で問う。
「何が言いたい?」
嘉明は溜め息をつきながら座り込んだ。
「…ここにいる者全員、豊臣を捨て、豊臣に仇を為したということだ」
「…!」
「俺も、豊臣子飼いの将でありながら、豊臣を捨ててしまった。
事実だ。今更この事実を塗り替えることはできない…
加藤家をこれ以上振り回したくなくて、市松や幸長と共に、
大坂城に馳せ参じることは敢えてしなかった。
しかし、秀頼様はお優しい……
こんな我々を、許すとおっしゃっている…」
細川忠興が短くまとめた。
「つまり貴殿は、俺達が此度石田らと戦ったのは、
豊臣を利用せんとする三成討つべしとの名目の裏にある、
三成に対する私心がそうさせたのだと、言いたいのだな」
「…少なくとも、越中はそうだろう」
「……」
「奥方殿の件もあり、三成憎しの感情が強いはず」
「…っ」

嘉明の発言に敵う者はいなかった。
嘉明は、7日の合戦にて福島正則の部隊と衝突した。
そこで嘉明は正則と馬上にて再会した。
正則は嘉明を見つけるやいなや、こう言い放ったという。
孫六!!今からでも遅くはねえぜ。俺達、待ってるからな!」
少し戦闘を繰り広げてから、正則の部隊は城内へと逃げていった。
これは作戦の内だった。
嘉明は追撃命令を下さず、正則の背中を見送った。
この時点では嘉明の意志は揺るがなかっただろう。
決定的となったのは、秀頼からの終戦の願い出であろう。
何にせよ、嘉明の発言は少なからず諸将に影響を与えた。

以上の会話を不愉快そうに聞いていたのは徳川家康及び
徳川家の家臣達であった。
家康は感情を表に出さない。
至って平生を保っていた。
それができないのは、秀忠や忠勝らであった。
しかし、徳川が天下を狙っていたのもまた事実で、
まだ豊臣の家臣である諸将達の前で、
それもまだ豊臣家に権力がある状態で、
それを公言することはできなかった。
高虎が苦笑してからこう言った。
「致し方あるめえ。ここで秀頼公の願いを跳ね除ければ、
豊臣家へ宣戦布告することになっちまう。
その覚悟がなければ…戦をやめるしかねえだろ」
高虎は徳川の天下取りを早くから見抜き、貢献するつもり
だった。しかし今、多くの大名が戦うことの意味を
失っている状態で、徳川の天下云々と言っている場合ではない、
高虎は家康を見た。
家康が、最終決断をしてくれれば、この戦は終わるのだ。
一同が家康を見た。

タイムスリップ物語 50

同じく6日夜。

一旦休戦に入った大坂方では活気が戻っていた。
福島・浅野という豊臣恩顧の、新たな兵力が加わったことが大きく
影響している。
西軍総大将の毛利輝元はこれに驚いていたが、
味方の大名が石田三成立花宗茂くらいしかいなかったので
心強いとは思っていた。
ちょっとした宴が催され、酒好きの正則は早速盃に手を伸ばしたが、
三成が制止した。
「三成!」
「お前は一度飲むと泥酔するまで飲み続けるからな」
正則はチッと舌打ちした。
昔ならばこのまま三成を殴りかかっているだろうが、
正則の中にいある理性がそれをかろうじて抑制した。
様子を見て安心した三成が優しく話しかける。
「お前と話したいことが山ほどあるんだ。付き合ってくれ」
「……幸長じゃダメなのか」
「そうだな、彼も呼ぼう。来てくれないか」
三成はそう言って一室を設けた。
その部屋には毛利輝元立花宗茂が同席していた。
そこに三成と正則と幸長が加わる。
聞き出したい内容は関ヶ原の合戦に至るまでの経緯と、
此度の大坂合戦に至るまでの経緯だ。
正則は面倒臭がって話を省略したが、幸長が代わりに
丁寧に説明してくれたので話の大筋は理解できた。
そして、三成は戦とは関係のない話題を出してきた。
「俺がここ大坂まで逃げることができたのは、ひとえに、
ある娘のおかげなのだ」
その言葉に正則は耳を立てた。
「あの娘は、俺達の争いをやめさせようとした。
不思議なもので、あの娘は、未来を知っていた。
娘は、まるで、お前のことも知っている風だった」
三成は正則を上目遣いで見やる。
正則はハッとした表情で口を開く。
「それはまさか…あの…」
三成と正則が思い浮かべた娘は一致していた。
「じゃ、まさか、アイツが敗将のてめえを助けたってのか!」
「そうだ」
「なんてこった…アイツは東軍の味方じゃなかったってことかよ」
「それは違う」
「どう違うんだ」
「あの娘は…西軍の味方でも東軍の味方でもない。
俺達の間に立って、仲直りさせようとしていただけだ」
「!」
正則は記憶を掘り起こした。
娘…相原結の目の前で、情けなく泣いた日のことを思い出した。
あの時の正則もずっと後悔していた。
結はそれを感じ取ったのかもしれない。
だから、争いと止めようとしたのだろうか?
「アイツ…俺と会う前には、大坂でお虎に会ったってんだ。
だからきっと、お虎からもいろいろ話を聞いたはずだ」
「ああ…聞いた」
三成は関ヶ原合戦の前、結に説得されたことを思い出した。
そして、抜けた笑いが出た。
「三成?」
「ははは…俺達はあの娘一人に、運命を大きく左右されたというわけだ。
おかげで俺も気づかされることが多かった。娘には、感謝している」
「……」
「どうすれば、今なお続く戦に終止符を打てるだろうか?」
三成は一同を見渡した。
三成はこの戦が始まる前に家康に説得した。
だが、聞き入れられなかった。
立花宗茂が提案する。
「二つ方法があります。一つは、家康自身を捕える。
もう一つは、東軍諸将を根こそぎこちらに寝返らせる。
いずれも一筋縄ではいきますまい」
浅野幸長も口を挟んだ。
「立花殿の言う通りですよ。徳川殿を捕えるだなんて容易じゃないし、
東軍の諸大名とて、一度は石田三成打倒を誓った者ら…
私共のように何度も味方を変えるような真似をする者は、そう多くない。
つまり、戦は避けられない」
「それでも…やるしかない」
三成は頑なに言い張った。
「ならば…」
宗茂が皆の顔を見渡してから此度の戦の東軍布陣図を取り出した。
「徹底的に叩く作戦に出ますか?」
「どうするのだ」
三成は問う。
宗茂はあらゆる面で優秀だった。そのため皆、宗茂に一目置いている。
「そんな大したものではありません」
宗茂は場の緊張を解すために笑ってみせた。

その時、三成達のもとへ一人の人物がやってきた。
その者は三白眼で、三成で同じ五奉行のメンバーだった増田長盛であった。
増田長盛は、西軍に与し戦いながらこっそりと
東軍への保身工作を行っていた
立場のはっきりとしない人物であったが、
三成が大坂城に戻ってきてからは長盛が一方的に
三成らに接するのを控えていた。
「何用で」
三成が尋ねる。
「…新たな味方が大坂に駆けつけましたぞ」
「味方?」
「土佐の長宗我部盛親殿です」
「!」
長宗我部盛親は、関ヶ原より前、
家臣と諮らって東軍へ味方する予定だったが、
長束正家が設けた水口の関所により家康宛てに遣わした文書が突破できず、
やむなく西軍へ味方していたのである。
関ヶ原の合戦では戦場から離れたところに布陣し、
ほぼ戦うことなく西軍敗戦の報せを聞いて逃げたという。
盛親は、一度は四国まで渡ったが、どういうわけが大坂へ
危険を承知で引き返してきたというのだ。
「ここまで通してくれ」
三成と一同は驚きつつ盛親の参上を待った。
しばらくすると、長盛は盛親を連れて戻ってきた。
盛親は銀髪で小麦色の肌、青緑色の瞳をしており、
誰もが見上げるほどの長身であった。
南国土佐が生んだ出来人・長宗我部元親の四男である。
「長宗我部殿」
三成は立ち上がり、盛親の両手を取った。
「いかにして、大坂へ参られた」
盛親は恥ずかしそうにこう答えた。
「儂は、先の関ヶ原で何の活躍も出来ず、ただ西軍の敗戦を聞いて
逃げて、何ちゅうか…己が情けのうなってしもうてな、
せめて敵に一泡吹かせちゃろうと思い…参った次第じゃ。
もっと早う参れば良かったと思うちょる。遅れてすまん」
「謝ることなどない…むしろ味方が増えて喜ばしいくらいだ」
そうだろう?と三成は正則達を見た。
正則達は無言で頷いた。
しかし、盛親も引き連れて来れた兵が少ない。
いざ籠城となっても、大坂城であれば十分持ちこたえるだろうが、
やはり関ヶ原での敗戦が大きかった。
その後、三成は宗茂の作戦を聞き、
正則や幸長による東軍の情報も徹底的に聞き出した。

今の状況を変えるための、打開策を。

タイムスリップ物語 49

「今すぐ貴様を宇土城へ帰還させる」

清正と行長は並んで隈本城内の廊下を歩いていた。
加藤家の家臣らはその姿を見るや、滑稽だなと小声で話していた。
行長が万が一の行動に出ないよう、家臣の一人が行長のすぐ後ろを
ついてまわった。
それでも清正が自分の隣に行長を並ばせるということは、
清正自身の気持ちがだいぶ変わったということだ。
「僕を逃がしてもええんか?」
「ああ。その代わり、我ら加藤家と同盟を結んでもらう」
「同盟…」
「俺は明日にも黒田如水殿のもとへ向かう。戦を急ぎ止めさせる。
その間我々の背後の小西家に不穏な動きがあっては困る。
それに、一応公にはまだ俺と貴様は敵同士だからな」
「ふうん…」
「大坂で三成が未だ徳川方と再度戦を交えているというのが事実なら、
それを援護するカタチにまわらねばなるまい」
「つまり、三成はんの肩を持つっちゅうことやな」
「ああ。だが九州から大坂まで駆けつけるには時間がかかる。
そこで俺は、ここに残り、己にできることをする」
「……あの如水はんを、どう説得するつもりや?」
「まだ考えてない」
「アホかいな」
「…極力武力行使は避ける。貴様は黙って俺が成果を上げるのを待っていろ」
まだ朝日の昇らぬうちに、清正と行長は密約を交わし、
行長は護衛に守られて宇土城へ帰還した。
城の者の喜びは尋常でなかった。
行長もまさか生きてここへ戻って来られるとは、敗戦当初、思ってもみなかった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

10月11日。
清正は牢屋から結のみを出した。
結は、胸を撫で下ろしながら隼人のことを尋ねた。
が、清正はまだ隼人の釈放は出来ないと言った。
徳川の家臣たる隼人の処断は徳川が握る。
故にまだ監視を怠ることは表向き上出来ないのであった。
「案ずるな。隼人の弁護はできる限りしてやる。
それよりも結、お前に話がある」
「話…?」
「まず、小西を奴の居城である宇土へ送り帰した」
「本当ですか」
「ああ。その上で加藤家とは戦をしないことを約束させた。
次に、我ら加藤家は三成の味方をする」
「!」
「そのために、俺は九州での戦を終わらせる」
「えっと…黒田さん、でしたっけ」
「よく分かったな」
清正は感心した。
「これから黒田如水殿の説得に向かう。お前に、
ここ隈本の留守を頼みたい」
「え?!」
「何もお前一人に任せるわけではない。城に残る者たちと
共に城を守ってくれればそれでいい」
「なるほど…」
「できれば、至急大坂へ駆けつけたいのだが、何分遠くてな。
お前達も、ここに来るまで日数がかかっただろう」
「はい」
「俺は三成を信じてみる。今度こそ負けぬと」
「……徳川さんとは、敵対しちゃうんですか?」
「………」
清正は沈黙した。
加藤清正の立場が不明である。
西軍に肩入れした隼人を捕らえ、徳川の処置を待つ一方、
西軍の小西行長を己の意志で助命し宇土へ帰還させ、三成の味方をすると言った。
東軍とも、西軍とも取れる清正の行動には、危険を伴った。
これは清正の判断ミスかもしれない。
これならば、清正はもう西軍に味方するしかないのではないか。
そう、結は思っていた。
三成に味方するということは、西軍の肩を持つということ。
問題は、黒田如水という大物らしい人物をどう押さえ込むかであって。
「西軍の石田さんに味方するなら、西軍のみんなを守ってくれた隼人君を
自由にしてあげても良いんじゃないですか…?」
結は清正を見上げた。
「……確かにそうだ。俺の行動は矛盾していた」
清正の手が結の頭に下りた。
ポンポンと、平手で結の頭を優しく叩いて笑ってみせた。
「中途半端はいけないな…」
「……」
「隼人を解放しよう」
「本当?!」
「嬉しそうだな」
「だって…隼人君がいなかったら、私、ここまで来れなかった…
石田さんや小西さんだって、隼人君がいたから助けることができました。
隼人君は、徳川家の家臣なのに、私のために、危険を冒して…」
「そうだな」
清正は直ちに家臣に隼人の釈放を命じた。
それからすぐに、隈本を発ち、黒田如水の説得に向かった。

結は隼人と会い、隈本城の中の一室で会話をした。
時々加藤家の者が監視に来ることもあったが、二人は至って従順だった。
加藤家に逆らうつもりなど、毛頭なかった。
結は素直に隼人との再会を喜んでいた。
隼人も、改めて清正の器量を感じた。
「清正さんの説得が成功したら、九州での戦いはなくなるって」
「へぇ」
「清正さんも石田さんに協力してくれるって」
「そうか…」
「……ねぇ、隼人君。隼人君は、これからどうしよう」
「深刻な顔すんなよ」
「私、嬉しかった。隼人君が私のワガママについてきてくれて…
でも。私のせいで隼人君はもう、徳川さんのところには、戻れない…」
「…半分は俺の判断でそうしたんだ。仕方ないだろう」
「……」
「帰る家がなくなったのなら、浪人にでも農民にでもなれるしさ」
「…ごめん」
「だから今更謝るな。良いんだ。俺にも未来人の心があった。
それだけのことだ」
隼人は決めた。
もう、徳川家には戻らないと。縁を切ると。
関ヶ原で東軍に寝返った連中と同じように裏切り者の扱いを受けることに
なっても、へこたれないのだと。
今、隼人が為すべきことは…
「隼人君?」
「おお…すまねえ…考え事してた」
「…私、これからは、なるべく隼人君を頼らずに頑張るから」
「……」
「清正さんや石田さんの努力が報われて、みんな助かったら
私、その先もこの時代で生きていく」
「何でっ…!未来に帰りたくねえのかよ」
「帰れたとしても、10年後でしょ?隼人君だって、ここで10年も
過ごしたの。私にもできる」
「…一生、過ごすのか?」
「分かんない。もし目の前に未来へ帰る入口が開けたら、帰るかも。
でも、それまでに、この時代に愛着がわいてそうで…迷っちゃうかも」
「もし帰れる時が来たら、結は帰った方がいい」
「どうして?」
「この時代、女にはキツい。お前、ただでさえ俺がいなきゃ
とっくに死んでたかもしれねえのに、無理だよ。それに…」
「それに…?」
「結のかーちゃんやとーちゃんがお前の帰りを待ってるだろうよ」
「……」
「お前は家族や友人に恵まれていたはずだ」
「それなら隼人君も一緒よ」
「俺は違う」
「え?」
隼人は暗い面持ちで話を続けた。
「…俺は、生まれてすぐに両親が離婚して、母親の手一つで育ってきた。
でもそのお袋も、俺が小学校に入る頃には新しい男捕まえてきて、
俺のことなんか省みなくなった。そのうちお袋はその男に捨てられて、
後にお袋の親戚の家に遊びに行くという名目で俺は捨てられたんだ」
「捨てられた…?!」
「親戚に俺を預けて一人で東京に帰っちまった。酷い母親だった」
「…本当なの?」
「お袋が帰った後、親戚に遠まわしに伝えられた。
捨てられたってすぐ分かった。それで、ヤケ起こして
一人で田んぼの畦道を走り回って、それで…」
隼人の肩が震えているのが分かり、結は話を制止した。
「もういいよ」
結は知らなかった。いや、知る由もなかったが、
隼人の未来での人生も、過去での人生も、決して素晴らしいものでは
なくて、彼に下手な言葉はかけられなかった。
これならば未来に帰りたいと思わなくなるのも分かった。
しかし、あまりにも不憫だった。
隼人は泣きはしない。ただ、このことを話すのもツラかっただろう。
隼人の母親代わりとなった江戸の未来人・幸江からも一切聞かされていない。
あえて話さなかったか、幸江ですら知らなかったか、真相は明らかでないが、
話してくれた隼人に感謝した。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

10月6日、大坂の夜。
福島正則浅野幸長の裏切りが出た徳川方には動揺が見られた。
そもそも、豊臣恩顧代表格の正則があっての東軍であった。
正則がいなくなった今、東軍は、単に豊臣に牙をむく集団に過ぎなかった。
前から警戒こそされていたものの、いざ裏切りを防げなかったとなると、
無念さが残った。
正則を繋ぎとめていた黒田長政もすっかり落ち込んでいた。
この日の夜、藤堂高虎は、警戒されていた中で唯一東軍を裏切らなかった
加藤嘉明を部屋に呼んだ。
この二人も互いに不仲であったが、嘉明は素直に応じた。
早速高虎は此度の件のことを聞き出した。
「アンタは前日に、福島・浅野両名の裏切りをほのめかす内容の
言葉を聞いていないか」
すると嘉明は無表情のまま鼻をふんと鳴らして答える。
「それくらい、お前はとうに知ってるのだろう」
「何故そう思う」
「大坂で戦を始める前から、俺達のことを警戒していて、
俺達の話の内容などは全て、忍などを通して筒抜けだったはずだ」
「なんだ!分かってたのかい…」
「……それくらい、承知の上だ」
「んじゃ話がはえーや!結果的にあの二人は裏切ってくれた。
そんで…アンタはどうなんだい」
「疑っているのか…」
「アンタだけ裏切らなかったのが不思議だよ」
「………」
嘉明はそっぽを向いた。
「……俺は、既に一度裏切った。また裏切れと言うのか…」
「……」
「そもそも市松が東軍についたのは、長政らに騙されたようなもの。
故に、今回の市松の行為を批判するつもりはない。
何度も何度も主を変える誰かとは違う」
「皮肉だねえ!まぁ、一度裏切ったら何度やっても同じだと思うが」
高虎は笑った。目は、笑っていない。
「じゃあ俺、アンタの覚悟をしかとこの目で見たいから、
もし今後大坂方との戦で福島正則浅野幸長が出てきたら、
アンタにアイツらの相手をしてもらおうかね…?」
「!」
「余裕だろ」
「……ああ」
皮肉はどっちだ、と嘉明は内心で思った。
しかし、正則達と直接刃を交えねばならぬのは、少々、心苦しかった。