タイムスリップ物語 12

20日の昼、ようやく江戸へ到着した舞と隼人は
江戸の城下町に入った。
後の東京とは見当もつかないくらいの閑静で質素な町並みに、
舞は驚嘆した。
「江戸って、もっと賑わってる感じのものをイメージしてたけど…」
隼人が突っ込む。
「それは多分もっと後の時代だな。家康様が江戸に
入られた当時はもっと荒れ果てた貧相な土地だった。
これでもだいぶマシになった方だ」
「そうなの?」
てっきり江戸時代江戸の町並みを想像していた。
「(まだ江戸時代じゃないから幕府とかもないんだね…)」
と舞は思った。
隼人は舞を一旦城外付近に待たせてから江戸城へ入った。
中では徳川家康が自ら上杉征討へ向けての出陣の準備をしていた。
隼人はお目通り願った。
早速家康は労う。
大義であったな。して、かな(清正の妻)には会えたか」
「はい。それが丁度、加藤主計守殿が屋敷におられました故、
加藤殿に直接文をお渡ししました。奥方様もお元気そうでした」
「ほう。婿殿がおられたか…」
肥後にいたはずの清正が、何故わざわざ大坂へ来ていたのか
ひっかかるところがあったが、
家康は笑みを含みながら頷いている。
「儂は、明日には他の諸将と共に江戸を発つ」
「明日ですか」
「うむ。お主は非番ゆえ、此度は江戸に残りお主の母君の
手伝いでもしてやったらどうじゃ」
「分かりました。上様の御武運をお祈り申し上げまする」
隼人は一礼して退室し、舞のもとへ駆け付けた。
「待たせたな!」
「ううん。退屈してないよ」
「そっか。ああ、それでな…舞」
「何?」
「今丁度この江戸の城下町に、全国の諸大名が集結してるんだ。
明日には家康様を含む、皆が一斉に上杉征討に向けて出陣するらしい。
俺はしばらく仕事がないから、これからお前に付き合うよ」
「え!?本当に?」
「ああ。だが、城下町を歩く際は気をつけろよ。
他の大名やその兵士に絡まれないようにな」
「私、別に絡まれるような格好はしてないよ」
「いや…なんつーか、お前の行動はちょっと不審だから…」
「そうかな…」
「いかにも生まれて初めてこの景色を見ました!って顔して町を
見渡してるし、大名側も戦前でいろいろと気が立ってるからさ」
「……」
やっぱり、危険な時代なんだな…と舞は思った。
「分かった。でも、今すぐでいいの?」
「お前が疲れていないなら、いつでもどうぞ」
「ありがとう…!」
舞は素直に喜んだ。
「でも、何から探したらいいんだろう…」
「そうだな…先日俺が話した恩人のオバさんにでも会いにいくか?」
「ここにいるの?」
「ちょっと前にこっちに移住してきたんだ」
「へぇ〜…じゃあ、是非会ってみたいかなぁ…」
「よし決まり!ついて来な」
先行する隼人の背中を追いかけた。

江戸の町は閑静だったが、近くで道をよく見ると、
時々武装した兵士たちが歩いている。
舞がキョロキョロしながら歩くので、気づいた隼人は注意した。
「さっき言ったこと忘れたのか?」
「え?」
「あんまりキョロキョロしてっと目ぇ付けられるぞ」
「これくらいで?」
舞は首を傾げた。その時、隼人がいきなり立ち止まったため
舞は隼人の背中にぶつかってしまう。
「痛っ」
何なの?と思いながら背中越しに前を見ると、隼人は
とても大きな男に行く先を阻まれていた。
「大きな人…」
舞が無意識に言葉を発すると、その大きな男は隼人の背中越しに
身体を曲げてこちらを覗き込んだ。
「へえ…お前さん、もしかしてこいつの好い(いい)人かい?」
「好い人…?」
舞は何を訊かれているのかよく分からない。
しかし隼人は顔を赤らめながら否定した。
「そんなんじゃありません!」
「隼人君?」
二人の様子を見ていた大男はケラケラと笑いだす。
「お似合いだなぁ。おい隼人、アンタもそろそろ妻の
一人くらい、娶った方がいいぜ」
大男のその言葉で舞にも何となく今の状況が掴めた。
「とにかく、俺をからかうのはやめてくれませんか」
「スマンねぇ…っつか、アンタ大坂へ行ったんじゃなかったか?」
「ついさっき戻ったんですよ。いたらいけませんか」
「そうツンケンすんな。お疲れさん。
…それで、大坂の様子はどうだった?」
「…少し人気が減っていましたね」
「やっぱ、三成は戻ってくるだろうな」
「そのようですね」
舞はしばらく会話に入れず、一人取り残されていた。
ふとその様子に気づいたのか大男が、また舞に話しかける。
「お前さんは江戸の人かい?」
「あ、えっと……はい。一応…」
「ああ…高虎殿、コイツにはあまり関わらないで下さい」
「何でそんなに嫌がるんだよ。嫉妬か?」
「違う!」
隼人が苛立っている中、思い切って舞は大男に名前を訊いた。
「あのっ…!貴方のお名前を伺ってもよろしいですか…?」
「舞っ、やめろよ」
「ん?俺のことかい?俺は藤堂高虎、知ってるかい」
「………ゴメンなさい。知らないです…」
「そうか…」
高虎はガッカリした。隼人はそれ見たことかというふうに高虎を見る。
だが高虎はすぐに開き直って笑顔を振りまいた。
「おっと!俺も用事があってな、江戸城に向かう途中だ。
そいじゃ隼人、また今度な!」
そう言って高虎は走り去っていった。
離れていったのを確認してから、舞は隼人に尋ねる。
「知り合いなの?」
「2年くらい前からな」
「…隼人君、あの人のこと嫌いなの?」
「……嫌いじゃねーけど…何か、遊ばれてる感じがして」
隼人は続ける。
「…それでもあの人は世渡り上手だ。何度も主君を変えながら、
常に生き延びる道を模索し続けてる。それが今回で最後なら良いが」
「主人を何度も変えてもいいものなの?」
「いや、一般から見たあの人の評価は分かれるだろうな。
でも、主君を時に応じて選んでこそ、生き残ることが
できるのかもしれないな。実際に、彼が今まで仕えて
見捨ててきた主君は大抵その後滅んだり死んだりしてるし」
隼人は苦笑いした。