タイムスリップ物語 14

舞はこの後も幸江についてたくさん聞いた。
幸江は30歳くらいの時に、過去へ飛ばされた。
非常に前向きな性格だったので、2、3日は橋の下などで
野宿をしたり山菜を取ったりして何とか
生き延びていた時に、一人の優しい農夫が彼女を
匿ってくれたという。その農夫は妻を亡くし、幼い子どもの世話と
畑仕事に追われていて多忙な身であったため、
幸江はお礼にその農夫の妻となり生活を支えた。
幸江はその農夫の元で一生懸命働き、子どもを
母親代わりになって育てたという。
農夫はずっと前に亡くなってしまったが、
その後も幸江は家を必死に守った。子どもも今は独立して、
他国の領主に仕官したという。
再び一人となった彼女のもとに現れたのが隼人であった。
幸江はこの隼人も、本当の子ども同然に育て上げた。

一通り話した後で幸江は舞と隼人に尋ねる。
「もう日没だけど、今夜はここに泊まっていく?」
「良いんですか」
「狭いけどね」
幸江は微笑んでから、隼人に尋ねる。
「そうする?」
「ん?あ、ああ。別に俺は構わないよ」
舞が隼人を見てこう言う。
「隼人君、ずっと空気だったね」
「なっ…どういう意味だよ!」
「あ、ゴメン!全然話に入ってこなかったから…つい」
「最近お前俺に対して遠慮がなくなったな?」
「そうかな…」
「絶対そうだ」
「…だって、友達だと思ってるから……そりゃ、
親しき仲にも礼儀ありとかいうけどさ…」
「友達?俺が…?」
「駄目、かな」
「…いや、別に。ただ、友達なんて言葉聞いたの
小学生以来だったから…
ましてや女友達なんていなかったし…」
「私も男友達は初めてだよ」
舞は笑っていた。
人見知りなはずなのに、この時代では、
不思議といろんな人と親しめる
自分が不思議でならなかった。
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一方、江戸を出発した徳川家康は、24日に下野小山に着いた。
ここに他の諸大名も向かっているのだ、上杉征討のために。
この日に、家康は石田三成の挙兵を知った。
家康はこの時を待っていたのだ。
「明日、諸将を集めて評定を開く。皆にそう伝えよ」
ーーーこれが世に言う小山評定であった。
その夜、家康のもとに、一人の大名が訪れた。
家康はその者に三成挙兵の知らせを伝える。
「三成が、挙兵したそうだ」
その大名は眉に皺を寄せて家康を見上げた。
「そのようで」
「聞いておったか。明日の評定でその件に対する諸将の反応を
確かめようと思うのだが…」
「…実は某、既に手を打っておりまする」
「手を打つ…とな?」
「諸大名にいち早く決断をさせるための下準備を」
「!」
家康は驚いた。まさかこの男に、そこまでの
知恵が
回っていたとは…と。
甲州殿は気が回りますな」
「では、私はこれにて失礼いたします」
甲州と呼ばれる大名とは、黒田長政のことであった。
黒田長政は、亡き秀吉に仕えた黒田官兵衛(如水)の長男で、
勇猛かつ知恵もある男であった。
彼は朝鮮出兵の件で三成ら文治派と対立していた。
その点は加藤清正と同じである。
その長政の言う下準備とは、とある人物の説得であった…

少し前のことだ…
「本当か?本当に三成は豊臣を利用してんのか?」
「ああそうだとも。三成は俺達を、徳川殿を、討つつもりだ」
「だとして、俺達はどうする?三成がいても、
豊臣家を後ろ楯につけていたら俺達が賊軍扱いだぞ!」
「そこでだ正則…君が明日の評定で、誰よりも先に
こう言ってみないか。『俺は徳川内府殿に味方する』と」
「ばっ、馬鹿野郎!豊臣家を敵に回すなんて、できるわけ…!」
「三成は豊臣を利用してるんだ。悪いのは、三成だろ?」
「!…だ、だが…俺は…」
「よく考えてみなよ正則。三成が今まで俺たちにどれだけ
酷い仕打ちをしてきたか…」
「………」
「その三成は、このたび豊臣家をも騙している。
これを許していいものだろうか?」
「…俺は…三成を……」
「…恨んでるはずだ。その上お前の大切な豊臣を、盾に使われて平気か?
さぁ正則、お前の発言一つで未来は変わる!」
「………分かった。明日、俺が皆の前で言えば良いんだな」
「よくぞ決断してくれた。俺も嬉しいよ。
お前と共に戦えるんだから。ありがとう。期待している」
長政は去っていった。
長政に説得されたこの者こそがまさしく、
豊臣秀吉の子飼い武将として清正と並ぶ男、
福島正則であった。猛将として知られ、
槍一本で出世してきた一方、素直で酒好き女好き、
どこか憎めない愛嬌のある人物だった。
考えることが苦手で、今かなり悩んでいる。
「三成が…豊臣担いで博打に出るなんて…」