タイムスリッブ物語 15

家康は、もう一人とある大名を呼びつけた。
細川越中守忠興である…
忠興は、父親と同じく文化人として知られ、
さまざまな道に長けた人物である。
しとやかな一方で非常に短気で嫉妬深い一面がある。
忠興がやってくると、
家康は辛そうな面持ちで話し始める。
「大坂で、三成が挙兵したそうじゃ」
「石田が……」
「三成はそれに次いで上方におる諸大名の妻子を人質に取り出したとか…」
「………」
「先程越中殿のご正室が自刃されたとの報せが入った」
「そうですか」
「無念でござる」
「…覚悟はしていました。
大事な時に、妻のことで迷っている場合ではありますまい」
忠興は気丈に言ってのけた。
「左様か。ならば儂もこれ以上のことは何も言うまい。
気の毒であった。少し心を落ち着かせるが良かろう」
「恐れ入ります。では、手前はこれにて…」
忠興は一礼してから襖を開けて出た。
家康はどうにもやるせない思いで彼の背中を見送る。

忠興が外に出ると、先ほど話を終えたばかりの
黒田長政が廊下で忠興を待ち伏せていた。
長政は生まれつきの不機嫌そうな面構えで忠興に接する。
「奥方殿が亡くなられたとか」
「……」
「万一が起こった時は逃げるよう指示しなかったのか?」
「妻としての義務を果たすよう指示した」
「まさか死を命じたのか…」
「貴様の知るところに非ず」
忠興は目の前に立ちはだかる長政を腕で払って去っていった。

ーーー石田三成が挙兵してまもなく、
三成らは大坂にい諸大名の妻子の人質徴集作戦に出た。
そうすることで、上杉征討に向かっている福島正則らの
こちらに対する戦意を削ぎ、躊躇させる狙いがあった。
妻子が大坂にあれば、三成達に迂闊に手は出せないからだ。
大半の妻子は大坂城に集められた。
一部例外があって、加藤清正黒田長政、水谷勝俊らの妻子は
主人の指示のもと、大坂から脱出したらしい。
清正の妻・かなもそうである。
人質に取った妻子を三成は丁重に扱った。
そこは三成の配慮であった。
だが、この作戦は失敗に終わった。

細川忠興の妻・たま(ガラシャ)が人質を拒んで自決、
屋敷に火を放つという抵抗を示したのが痛手であった。
三成はこれ以上の被害を避けるため、作戦を中止した。
三成の家臣たる島左近は続けるべきだと進言したが、
三成は聞かなかった。
それでも三成の家康討伐計画はまずまずの滑り出しであった。
問題は、総大将の毛利輝元ら毛利家内の意思統一が
バラバラだったことだ。
主に、吉川広家安国寺恵瓊との間で熾烈な対立が起こっていた…

輝元を三成らと共に挙兵させた安国寺の強行策に遅れを取った
広家は、それをどうしても認められず、黒田長政を通じて
家康への接近を図った。
広家としては、毛利家を戦に巻き込みたくなかった。
しかも広家は、三成に勝ち目はないと思っている。
そんな三成に味方していては、毛利家の存続が
危ぶまれると主張していたのだ。
よって毛利家の内部は分裂している…


さて、江戸にいる舞達のもとにも大坂での出来事が
使者を通して伝えられた。