タイムスリップ物語 20

隼人には、迂闊に自分のことを話すなと言われていたが、
舞は清正と関わりの深い人たちになら明かしても大丈夫だと判断した。


「ふむふむ…、何かすげーなお前!!」
正則は笑いながら頷いた。
「にわかには信じ難ぇけどお虎が信じたんだ、俺も信じるぜ」
「信じてくれるんですか」
「別に信じたからって減るもんじゃねえし…
でもあれだな…未来から来たってことはお前、
これから起こることも全部知ってんじゃね?」
「いえ…私、歴史は苦手で…あまりよく知らないんです…」
関ヶ原の戦いの話は絶対にしてはならぬと決めていたし、
隼人も話すなという風な顔つきで舞を見守るから言えるはずがない。
正則はさほど気にしない様子で適当に呟く。
「ふーん……あ、そうだ…そろそろアイツも来る頃だろう」
「アイツって?」
舞は尋ねた。
「俺とお虎の親友さ!」
正則は笑顔を絶やさず答えた。
それと同時に正則の待っていた親友とやらがやって来た。
一人の男が正則の元まで歩いてくる。
男は正則に耳打ちした。
「何の用だ。こんなところに呼び出して」
男は無表情で小柄な体つきをしている。少々華奢である。
「まぁまぁここに座れって!」
予期しない人物が増えて舞は戸惑った。
隼人はその男のことも知っているようだ。
舞は思い切って尋ねてみた。
「あの、どちら様ですか…?」
正則が代わって紹介した。
「コイツは、加藤孫六嘉明*1、俺とお虎とコイツは昔からの友人なんだ!
折角だからコイツも呼んどこうと思ってな」
舞は嘉明を見た。
「貴方も加藤さんなんですか?清正さんとは兄弟か何かで…?」
嘉明は表情を変えず短く答える。
「違う」
正則が補足する。
「お虎と俺は尾張の生まれなんだが、孫六三河
つまり徳川内府殿と同じ出身なんだよ。だから家族じゃねえ。
それにさっき友人だって言ったろ?」
「へぇ〜…」
舞はまじまじと嘉明の方を見た。
嘉明は視線から逃げるように伏し目がちになる。
正則が嘉明の分まで話し尽くす。
「お前さ…その、舞っていう名前だっけか?
お前、お虎のことを下の名前で呼んでるんならさ、
俺たちも下の名前で呼べよな!」
「じゃあ…正則さんって呼べばいいんですか…?」
「そうそう!そんで、コイツのことは好きに
呼んでやってくれ」
「市松…!勝手なことを…っ」
これには思わず嘉明が困惑したが、正則は押さえ込む。
「いいじゃねーか平等ってやつだよ平等!な?」
小柄な嘉明の背中をポンポンと叩いた。
舞は嘉明の反応を伺って少し遠慮した。
「あの…私、無理には呼びませんから…気に、障るようでしたら
言って下さい。お願いします。」
嘉明は少し目を見開いて口を半開きにさせていたが、
物静かにこう答えた。
「…別に、構わない。俺と、虎之助は同じ加藤姓だから…
名前で区別してもらっても……」
「じゃあ…孫六さん、でいいですか…?」
「あえて孫六なのか……」
嘉明は微妙な顔をした。
正則は嘉明を揺すって楽しそうに笑う。
孫六め、照れてやがるな!」
「っ別に…そんなんじゃ…」
「いいからいいから〜素直に笑えよ俺みたいにさ!」
「…無理」
性格が対照的な二人の奇妙な会話を
舞は不思議そうに聞いていた。
これに清正が加わったらどうなるんだろうと思いながら…

舞は嘉明にも、自分のことを説明した方がいいと思った。
だが話をしようとすると、嘉明は首を横に振る。
「…話さなくていい。虎之助や市松が信じている相手を、
今更疑う必要もない」
舞は嘉明の人となりを感じ取った。
正則が突っ込む。
「かっこつけてんじゃねーよ孫六〜」
そして、嘉明はスッと立ち上がった。
正則と舞が見上げると、嘉明は肩で息をしてから、
「もう寝るぞ」
と言い残して自分の場所に戻っていた。
「お、お休みなさい…」
舞はそう言ってからハッとして、正則にも休息を促す。
「正則さんも、休んだほうがいいですよね」
「ああ…そうだな。一日でも早く、三成を討ちたいからな…」
舞はその一言を聞いて、咄嗟に帰ろうとする正則を引き止めた。
「あのっ、正則さん!」
「何だ?今度は引き止めんのか」
「いえ、あの……正則さんも、石田三成さんのことは
嫌いなんですか?」
「当たり前だろ」
「私、この時代に来てからずっと、石田さんの話をたくさん
聞いてきました。これから始まる戦いも、全部、
石田さんがけしかけてきたことのように聞きました。
隼人君にいくらか説明してもらって、
石田さんが、これから何をしようとしているのかを教えてもらい
ました。その上で聞かせて下さい。
石田さんのこと、やっぱり嫌いなんですか?」
舞は言い切った。正則は急に不機嫌そうな顔をして、
再び腰を下ろす。そして酷く落ち着き払った声で聞き返す。
「どうして三成の好き嫌いを問う?」
舞は話に脈絡がなかったことに気づく。
「…すみません……みんな、石田さんのことを
悪く言ってるけど、なんか、納得いかなくて…
正則さんがどう思ってるのかも、確かめたくて」
正則はフッと笑う。
「嫌いだよ。大っ嫌いさ」
「…そうですか」
「あのな、舞…」
正則は先ほどまでとは一変した態度で話に乗り出した。
「実はな…俺やお虎、孫六そして三成は、元々同じ屋根の下で
共に過ごしていた時期があったんだ」
「そうなんですか?」
「ずいぶん昔の話になっちまったが、
あの頃まだガキだった俺たちは
同じ台所で同じ釜の飯を食って過ごしていた。
元は家族みてぇなもんだった。
俺やお虎はどっちかっつーと悪ガキで、
三成は真面目で無愛想なガキだった。
思えばあの頃からあまり仲は良くなかったよ。だが…」
正則はゆっくりと瞬きをする。
「いつの間にか、ガキん時のような、純粋な気持ちをどこかへ
置き忘れてきちまったらしい…」
「………」
「何でだろうな…全部喧嘩で済んでたあの頃が、懐かしいよ…
今じゃ本気で殺し合う仲になっちまったもんな…」
段々と声が途切れ途切れになっていく。
「嫌いだ…大嫌いだ…っ秀吉様からの、寵愛を奪った
三成なんかっ…憎たらしいっ…!
殺さねぇと……殺すしかっ、この憤りを鎮める方法はねえ…!」
舞は胸が苦しくなる。
「別に殺したってっ…あの日々は戻らねえのに…!
秀吉様はもういねえのに…っ
秀吉様から、たくさんのお褒めの言葉を戴く…
そんな日々はもう…どこにもねえのに!!」
ボロボロと涙を流す正則を見て、ずっと周りで静観を
保っていた隼人や士卒達も重々しい表情で正則を見た。
ここは井伊隊の陣所だ。
あくまで徳川の陣所内で正則がこんなことを口走っていて、
もしや正則が心変わりするかもしれぬなどと疑われたら大変だ。
隼人が慌てて正則を帰らせようとする。
「福島殿っ…もう休まれた方がいい。
少々酒が入りぎたのではありませんか?」
正則は顔をクシャクシャにしながら立ち去ろうとする。
「俺はっ……!」
正則の悲痛な声を聞いて舞は迷った。
正則の今の立ち位置はどう見てもワケありだった。
舞の知らないところで三成の悪口を言っておきながら、
彼は心の中で矛盾を抱えていた。
どちらが本当の福島正則なのかよく分からない。
酒が入っているからかもしれない。
だがそうだとしても、あんな風に訴えかけるだろうか…

しばらくして隼人が戻ってきた。
舞と向き合うやいなや厳しく叱りつける。
「何であんなことを訊いたんだ!」
いつもと違う声の調子に舞は一層動揺する。
「ごめんなさい…まさか、あんなになるなんて…」
「このことが井伊殿や他の諸将に知れたら、
どうなるか分かったもんじゃない!
そもそも今こうして東軍が西へ向かっているのも、
あの人が誰よりも先に三成との決戦を申し出たからだ!
あの人は東軍の要…!折角東軍へ味方するよう手回ししてあるんだ、
余計な感情を与えてはならない!」
最後の一言に舞は反発した。
「それってどういう意味?」
「何だよ」
「今の一言…それじゃまるで今の正則さん、
誰かにコントロールされて、本当の気持ちを誤魔化して
戦ってるみたいじゃない」
「ああそうだよ、俺の知らない所で誰かがそうさせてんだ。
俺がしたことじゃねえよ。他の誰かがそうさせたんだ」
「おかしいよ…!!」
舞は怒りを覚えた。
「たま(ガラシャ)さんの時だってそうよ…
何で本心を踏みにじられなきゃならないの!?
正則さん、本当は、戦いたくはないんじゃないの?」
「ここは未来じゃない!」
「!!」
隼人は座る。
「よく聞け。ここは未来とは違う。各々が自分の感情のままに
生きて、あらゆる物事が上手くいっちゃうような時代じゃねーんだ!
例えば、一人の主が自分の意の向くままに身勝手な行動を
起こしたとする…主の下で生活をしている人たちはどうなる?」
「……っ」
「それは未来のお偉いさんも一緒だろ?
あの人もな、家臣と民を背負う一国の主だ。
自分の勝手な行動で下にいる者たちを振り回すわけにはいかねえ!
そりゃあ…たま殿の場合は事情は別だが…」
舞はなお反論する。
「でも、他に方法はなかったの?戦わず、中立を保つとか、
できなかったの?」
隼人は溜め息をつく。
「そんなことまで一から説明してたらキリがない。
とにかく、もう福島殿を動揺させるようなことは言わないでくれ。
あの人はとても脆い。不安定な人だ」
「……」

舞は思った。
正則ですらあのサマなのだ。清正はどう思っていたのか?
そして、この戦いの結末はどこへ行き着くのだろうかと…

*1:嘉明は晩年の名乗り、このときは繁勝か?