タイムスリップ物語 19

8月6日…
東軍の諸将は尾張清洲城を目指して行軍した。
舞も新たな旅装束に着替えて隼人のすぐ後ろについた。
未来人である舞にとっては、歩きで大坂〜江戸間を
行くだけでも大変な苦労だった。江戸に着いてからはしばらく
休養を取れたので体力も回復したが、再び歩くとなると
若干辛いものである。
舞は高校では弓道部に入っているくらいなので、
ハードな運動はほとんどしないし運動自体あまり得意ではない。
この時代の道はコンクリートなどで整備された道ではない、
道という道も最低限人が通行できるようにされた程度だ。
ローファーでは着物との組み合わせが悪いため、
草履を履いているのだが、履き慣れてないから足にくる負担も大きい。
「は、隼人君…」
「どうした?」
「足が痛い……」
「またか」
江戸へ来るときも、何度も足が痛いと訴えていた。
隼人は声をかける程度で気遣った。
隼人も草履だが、彼の場合既にこちらの生活が10年…
特に苦痛は感じなくなった。
「とにかく小田原まで頑張れ。そこで今晩は一泊するはずだ」
「小田原って…神奈川にある小田原だよね…?」
「ああそうだ。東京から神奈川はそんなに遠くないだろ…?」
「でも、未来みたいに電車とか新幹線がないから何とも…」
「…どうしても辛くなったら遠慮なく言ってくれ。
遅れてでも付き合うから」
「ありがとう」
隼人を頼るようになってから早ひと月は経った。
隼人は大変気前がよく、思いやりのある人柄だということが
舞にはよく分かった。
強い日差しが行軍を照らす中、汗を流しながら小田原へ向かった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

夜、小田原城へ到着した。
小田原は天下一の堅城と言われた難攻不落の城であり、
後北条氏の城だったことでも有名である。
故秀吉は天下統一の仕上げとしてこの城を無血開城させた。
今は家康の家臣の大久保氏が統治している。
東軍はここで一泊してからまた明日出発する。
舞は到着するなり、ヘナヘナになって座り込む。
「つ、疲れたぁ〜!」
隼人が手ぬぐいを差し出した。
「お疲れさん、自分のペースで歩けないから疲れただろ」
「うん、この軍すっごく進むペース早かったぁ…」
「先鋒である福島正則殿達が急がせてるから仕方ないよ」
「何でそんなに急ぐの…?」
「早く石田三成と決着をつけたいのかもな」
「…あ、そういえば…私、福島さんに会ってみたい」
「唐突だなおい」
隼人は苦笑した。
「まぁ、ちょっと休んでからにしなよ。
いくら福島殿が急いでるからって、
今夜中にいなくなったりはしないさ」
とりあえず舞は風呂に入りたかった。
だが井伊隊の一般兵は野宿をしている
ためそれが叶わず、近くの井戸で水を汲み上げて
髪を洗ったりタオルを濡らして体を擦るなどした。
着物も汗をかいたものを着たまま寝るのが嫌だったため、
予備の着物に着替えて今日一日来ていた着物は洗って乾かした。
「天気もいいし、あったかいから朝には乾く…よね」
この時代に来て舞が一番不便だと感じているのは
衛生面のことであった。
特に女子なので、汚いままで生活するのはキツかった。
とりあえず最低限のことを終わらして、
隼人の元へ行った。
「舞、一人で夜道をうろついてたら危ないだろ」
「ゴメン、ちょっと井戸で汗拭き取ってて…」
「もう着替えたのか?」
「だって汗かいたし」
「…いや、危ないって…もう、日も暮れてんのに…」
「そうでもないよ?」
「…もういい」
隼人が伝えたいことがイマイチよく分からなかった。
しかし彼をすごく頼りにもしているので、
すぐに気持ちを切り替えて隼人にお願いをする。
「それで、さっきのことなんだけど」
「…福島殿に会いたいって?」
「うん」
「…お前飯食ったの?」
「……まだ」
「腹も減っただろう、食べろよ…俺さっき食べてきたから」
「うん…でも疲れすぎてあんまりお腹減ってないんだよね…」
「食べなきゃ明日もたねえぞ。腹が減っては、なんとやら」
「分かったよ!食べるから食べたら会わせてくれる?」
「向こうの都合次第だが」
隼人は地べたに寝転がった。顔には見せないが疲れているらしい。
舞は配給された握り飯を二個ほどもらって食べた。
それと腰につけていた水筒の水を飲む。
一般士卒の食事とはこんなに質素なものなのかと思いながら。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

食べ終わった舞がウキウキしながら隼人の様子を伺うので
横になっていた隼人はむくりと起き上がり、
「分かった分かった。連れてくから…」
とめんどくさそうに返事をした。
ちょうど出かける準備をし始めた時だった…


なんと、こちらから出向く必要もなく舞の会いたがっていた人が
向こうからやって来たのだ。
「おいおい!お前お虎の世話んなったんだってなぁ!」
福島正則であった。
正則は舞に視線を投げかけながらやたらデカい声で尋ねた。
舞は驚いて恐縮する。周りの兵卒達も驚いて振り向く。
「え?あ、あれ…?もしかして…福島さん、ですか…?」
「今朝会っただろう、俺が福島左衛門大夫正則だ!」
「な、何でわざわざ来てくれたんですか…?」
「何でって…お前がお虎んとこの女だって井伊兵部から聞いたんだ」
「何か…取り違えてる気もするんですけれど…
あ、もしかして“お虎”って清正さんのことですか?」
「おうよ!!ガキの頃から、お虎って呼んでんのさ!」
「へぇ…お虎かぁ…ちょっと可愛い」
二人のやり取りを隼人は呆然と見ていた。
隼人はやっと会話に入る隙を見つけて姿勢を糺し、
正則に話しかける。
「福島殿っ」
「ん?おめぇは…」
「徳川様の一家臣の斎藤隼人と申します」
「ほう!名前はなんとなく聞いたことあるぜ」
「今しがた、そちらをお伺いしようかと思っていた所です」
「俺をか?どうしたんだ!」
「こちらの娘が貴方に会いたがってたもので」
「何!?この娘がか!」
正則は目を輝かせながら舞の方へ振り向く。
「よもや俺に惚れたわけじゃあるめぇな?」
「え…?いや、別にそういうわけではなくて、
ただ、江戸に行く前に清正さんが、『俺の友人に会ったら
よろしくな』っておっしゃったから、会ってみたくて…」
「お虎がそんなことを言ってたのかぁ〜」
正則は満面の笑みを浮かべて喜んだ。
その喜びようを見て、結は彼を子供っぽい人だな…と思った。
福島正則はオレンジ色の短髪に健康的な小麦色の肌をした、
未来でも普通にいそうなスポーツマン系の見た目をしていた。
性格も見る限り元気そうでアクティブそうなのが伺える。
舞は高校のクラスメイトで似たような感じの男子を
思い浮かべてみる。
正則はニコニコしながら隼人そっちのけで舞に話しかける。
「それで、お前はお虎の何なんだ?」
「何って…何ですか?」
「お虎の女じゃねーのか?」
「…お嫁さんってことですか?それは違います…」
「何だ違うのかよ…ああそうだ!お虎に飽きたらいつでも
俺んとこに来ていいぜ!丁重ににもてなしてやるからよ!」
「お邪魔してもいいんですか」
そこへ隼人が割り込む。
「舞!福島殿のところで世話になるつもりじゃねーだろうな」
正則がつかさず隼人に突っ込む。
「何だおめぇ…俺んとこに来たらマズいって言うのかよ」
「い、いえ…そういうつもりで言ったわけでは…」
隼人は正則に直接文句は言えなかった。
何故ならば正則は東軍にとって必要不可欠な存在だ。
気に障るようなことを言っていざこざを起こすわけにはいかぬ。
しかも今の正則には酒が多少入っているらしい。
意気高揚している。
正則は舞に話し続けた。
「まぁ…お虎のことだから、お前に不便な思いはさせて
ねーだろうけどよ、そもそもお前はいかにしてお虎に
知り合った?聞いたところでは最近のことらしいが…」
急に真面目な態度を取る正則に舞は改まりつつ、
何度目となるかは分からない自分のことについての説明をした。