タイムスリップ物語 18

舞は戻ってきた隼人から事情を聞かされ、共に城へ向かった。
証拠品と為りうるであろうリュックを背負って。
隼人に連れられ直政が待つ部屋に入った。
直政は黙ってこちらを見上げた。隼人の指示で舞は正座する。
しばらくジロジロと見つめられたがやがて直政は口を開く。
井伊直政だ。話は隼人から聞いているな?」
「はい」
「お前が未来から来た者であることを証明しろ」
「……はい」
舞はリュックを取り出し、中に入っている物や学校の制服など、
全て前に並べた。
「へんてこな物ばかり所持しているな…」
舞は改まって自分のことを話した。
直政は時折低い声で唸るような声を出しながら首を傾げた。
話が終わってから、直政は舞に訊く。
「…確かに、嘘にしては出来すぎている。
その上我々に危害を与えるそうな人となりではない。
それを前提に訊くが…
お前は行軍の中で他人に迷惑をかけないと約束できるか?」
「できます。いさせてもらうだけで結構ですから…」
「…おい隼人」
「はい」
「小娘の件はこの井伊直政がしかと承った。
特別に、娘を隊内に置くことを許可する」
「!!本当ですか…!」
舞よりも隼人が喜んでいる様子だった。
「その代わり小娘の世話は全部お前がやれ。
俺は一切干渉するつもりはない」
「ありがとうございます…!舞、お前も頭下げろ!」
「え?あ、うん…っ」
二人は直政に深く礼をした。
直政は深く息をついてから話を再開する。
「そうと決まればお前達は明日の支度でもしておけ。
俺の部隊は○○の辺りに待機・野宿をしているから、
明日は絶対早く起きろよ。じゃあな」
そう言って直政は部屋を立ち去った。
舞は直政の気配がなくなってから隼人に話しかける。
「…井伊、さんも、戦国武将って感じじゃないね…」
直政の髪は金髪に近い。
「パラレルだよパラレル」
「…それより隼人君、私の行軍が許された時、
すごく嬉しそうだったね…」
「そうか?」
「うん」
「…気のせいだろ」
「気のせいじゃないよ、だってさっき…」
「分かったから!もうこの話は終わり!」
「ちょ、ちょっと隼人君!どこ行くの?!」
いそいそと部屋を出て行く隼人は舞は必死に追いかけた…

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6日早朝…
福島正則池田輝政らを先鋒とする東軍諸将は江戸を発った。
家康のみが、遅れて江戸を出発することになっていた。
舞と隼人は井伊直政隊の中に配属した。他の士卒達は
女の結を怪訝そうな顔で見ていた。
だがそこは隼人がしっかりと睨みをきかせていた。
一応身分としては一般士卒より一家臣の隼人の方が上だ。
隼人は今回特に、旗頭のように下に兵士を幾人か抱えている
わけではないので、あまり周りから良いようには思われないが。
井伊隊の中でしばらく待機していると、直政がやってきた。
ちらりとこちらを見てから部隊全体に激励をする。
「これより我々は江戸を出発し、西へ向かう。此度の戦は
うんと規模がデカくなる、気を抜いてヘマでもするようなことが
あれば、俺が直々に斬り捨てるぞ。心してかかれ!!えいえい…」
「おー!!」
部隊は鬨の声*1を上げた。
それを聞いて舞は恐縮して隼人に話しかける。
「す、すごいね…これが、この時代の軍隊なんだね…」
隼人は頷いた。舞は更に続ける。
「それに、井伊さんの部隊は…鎧が真っ赤だね」
井伊の赤備えってやつだよ。この赤備えは元々甲斐の
武田信玄の家臣が使っていたものなんだ。
武田氏滅亡後、事情あって井伊殿はそれを継承した」
「へぇ…」
直政の兜に見覚えがあったが、それが何であるかは思い出せなかった。
赤い甲冑を身に纏う直政を見て舞は呟く。
「かっこいいなぁ」
それが聞こえたわけではなかろうが、
直政はこちらを向いてニッと骨格を釣り上げ白い歯を覗かせた。

そこへまた他の軍隊から大名らしき人物がやってきた。
その人物は水牛の兜を被り、
いかにも気性が荒そうな出で立ちをしている。
その人物は直政に用があってきたらしい。
「軍監殿っ、徳川内府殿は後日江戸を発たれるそうだが、
いつ頃発たれるのだ?明日にでも発たれるんだろうな?」
どこか焦っている様子が伺える。
直政は曖昧に答えることしかできない。
近日中にとのみ言うと、その人物はますます納得いかないかの
ような顔をしてフンッと鼻であしらった。
…かと思うと、直政の部隊をざっと見渡して
あろうことか舞に目をつけた。
「軍律に厳しいはずの井伊兵部が、己の
部隊に女を連れ込むたぁ…意外じゃねーの」
目線は舞に向けたまま直政を皮肉った。
直政は呆れた顔で答える。
「…これは事情があってのこと。昨晩しかと、家康様にも
このことを伝えておいた。従軍しているだけで誰の女でもない」
「本当かぁ〜?」
人物はまだ直政を疑ってみせる。
直政は埒があかぬと思ってかその人物を無理やり帰らせる。
「おい、押すなよ馬鹿っ」
「無駄話をする暇があるなら一刻も早く進軍するべきだろう」
「それもそうだ、一日でも早く三成と決着をつけねえと」
「左様。貴殿の頑張り次第だ」
「応よ!国許に残ってる清正のためにも、俺がしっかり
しなきゃいけねーもんな!」
そう言いながら人物は満足げに帰って行った。
直政は小さく、
「気の変わりやすい男だ」
と呟いた。
一方で舞は先ほどの人物の発言をちゃんと聞き取っていた。
「さっきあの人、“清正”って言ったよね…?
隼人君、あの人は誰なの?」
隼人は笑いながら舞に教える。
「あの人は福島正則。先日加藤殿が話していた例のご友人さ!」
「あっ!あの人が清正さんの?」
「そうだよ。他にもいるけど、あの人とは特に付き合いが長いだろう」
「へぇ〜…挨拶したかったなぁ…ちょっと乱暴そうだったけど」
「動物に例えたら本当にイノシシみたいな御仁だからな」
「あ〜、そんなこと言って…告げ口しちゃおっかな〜」
「おいやめろよ!」
二人が楽しそうに会話を始めたので直政は大きく咳払いをして
二人を注意した。
「お喋りはそこまでだ。これ以上我が部隊を
乱すようなことがあれば…」
隼人は恐縮して謝った。舞も慌てて頭を下げて反省を示した。

「さぁ、他の部隊も準備が整ったようだし、
これより出発するぞ!!」
直政は馬に乗り右手を天高く振り上げた。

*1:士気を鼓舞するために多数の人間が一斉に叫ぶ声