タイムスリップ物語 17

8月5日夕方…

小山から慌ただしく引き返してきた東軍諸将は
この日、江戸に一泊することになった。
翌朝にはまたすぐに出発するらしい。
江戸城下町が急に騒がしくなったため、舞は
戸口から外の様子を伺った。
「すごい…見て、お侍さんがいっぱいいる」
後ろから隼人も外を覗き込む。
「帰って来たみてーだな」
「何が?」
「上杉討伐に向かっていた大名達がだよ」
隼人は宿の方を指差した。
確かに数人、大名らしき見た目の男達が宿を出入りしている。
他の一般兵達は他所で野宿しているのだろうか…
更に舞のいる部屋の奥から幸江が声をかける。
「あんまり覗き込んでると、目ぇつけられるわよ。
ほら、中に入って。夕餉にしましょう」
幸江は三人分の夕食を用意して床に座っていた。
「はーい」
舞は戻って座った。だが隼人はまだ宿の方を凝視している。
「隼人君」
「…ん、あ、ああ…ごめん」
「何か気になることでもあるの?」
「あ、いや…あの宿の玄関に立ってる旗の紋を見てただけだ」
「ふうん…」
舞はあまり興味がないのか視線を夕餉の方に戻した。

その時だった。

「――――隼人!隼人はいるか!?」
「!!」
突然一人の男が家屋に侵入してきた。
その男は隼人を見つけるなりこう言う。
「いつまでここにいるつもりだ。早く城に戻れ!」
「ええ?ちょ、全く状況が飲み込めないのですが」
「上様(家康)を除く東軍諸将は明日にでも
西へ向けて江戸を出発する。俺や本多殿もそうだ。
お前は明日から俺の部隊で一士卒として働いてもらうからな」
「ええ!?」
「ええ!?じゃない!!急遽そう決まったんだ。ついて来いっ」
「待って下さい井伊殿!俺これから夕飯で…せめて準備だけでも」
隼人が井伊と呼ばれる男からの腕を振り払うと、
男は呆れつつ落ち着きを取り戻した。
「…ああ、そう…だな。最低限の支度が済んだら
すぐに城へ来い。俺は先に行って待ってる」
「はい」
隼人は頭を下げた。
いきなりの騒ぎに舞は鳩が豆鉄砲でも食らったかのように
唖然と見つめていた。幸江もポカンとしている。
男が去って、隼人は間が悪そうに舞と幸江に告げる。
「…そういうことだ。俺、これから城に戻らなきゃならねえ。
俺も、しばらくここを留守にするかもしれません…」
「ちょ、ちょっと待って!
何が何だか分かんないんだけど、何があったの?
さっきの人は何??」
隼人は順を追って説明する。
「さっきも教えたように、東軍諸将は石田三成らと戦うために
西へ向かっている途中で、今晩はここで一泊している。
彼らは早くも明日には江戸を発ち、東海道を下る予定。
その行軍の中に俺が加えられちまったってわけ。
そんで、さっきの人は井伊直政
徳川家康様の家来の一人だ」
「井伊…直政さん?」
「ああ。好戦的な性格だが口も達者な人で、文武両道。
自分にも自分の部下にもすんげー厳しいんだ」
「さっきのその…井伊さんって人のもとで
働くとかなんとかっていう話は…?」
「よく聞き取れたな」
隼人は一旦座り込み、息をつく。
「俺の本職は非番の使者なわけだが、
今回は特別に兵卒として井伊隊に配属されたんだ」
「そんな突然のこと…大丈夫なの?」
「あの人怒ったら怖いんだよなぁ…ヤバいかも」
「どれくらい恐い…?」
「どんなに些細な失敗があっても容赦なく斬り殺すくらいだ。
そんな井伊殿についたあだ名が人斬り兵部さ」
「何それ怖い…っ」
しかし隼人は笑顔を見せる。
「ははは…大丈夫だよ。俺、あの人とも懇意だし。
それに、あの人も俺の事情は知ってるんだ」
それから真面目な顔に戻って舞に尋ねる。
「…それで、お前はどうする…?」
舞はハッとして口に手を当てる。
「あ…そうだ私…隼人君が行っちゃったらまた一人になる…」
ただ当惑するだけで結論は出ない。隼人が提案する。

「大胆な提案なんだけどよ、舞、さ…東軍に加わらねーか?」
「え?」
隼人は真剣だ。
「結局江戸にはお前が未来に戻るための手がかりはなさそうだし、
東軍はどうせ、大坂を目指して進むわけだから、
お前の原点たる場所に戻るには丁度都合がいいかなって思って。
あ、でも無理強いはしない。ここにいたければいてもいい」
「……私、行くわ」
「そうか、分かった。
だが、それは許可が下りてからだ」
「…うん。ありがと」
「軍の中にも従軍する女性はいるが、
基本男だらけで皆気性が荒くなってる。
そんな中に世間知らずのお前を連れていくだけでも一苦労だ」
「うん…ごめん」
「お前の身柄を井伊殿のもとに預けられるようお願いしに
行くが、軍律に厳しい井伊殿のことだ…受け入れられるか
どうかは微妙だ」
「そう…」
「そこで聞く。舞は本当に大坂に戻りたいか?」
「…そりゃ、私がここに来たのも大阪がきっかけだし…
隼人君なしで、ここで手がかりを探すのも大変だわ。
今すぐ帰れる保証もないのなら、私も一緒に行きたい」
「分かった。今からこの件も含めて頼みに行ってくるから、
お前はここで夕飯食いながら待っててくれ」
隼人は幸江にも挨拶をする。
「幸江さん…そういうことです。明日以降は、また長旅に出ます」
「隼人…死なないでおくれよ…」
「絶対死にません。生きてまた、ここに戻ってきます。
今日はまだここに残りますから、夕餉は冷めてもいいので
残しておいてください。では行ってきます」
隼人は外へ走り出していった。
幸江は溜息をつきながら舞に向かってこう言った。
「隼人、いい子でしょう?人一倍頑張り屋さんで…」
「そうですね…」
舞は隼人の後ろ姿を、見えなくなるまで見送った。
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「…何?女子をウチの隊に入れてくれだと?たわけっ」
「あいたっ」
井伊直政は隼人の頭にゲンコツを喰らわした。
直政はカンカンに怒っている。
「しばらく見ぬ間に、随分甘くなったな隼人!」
「……」
「これから始まる戦を何だと思ってんだ?
天下分け目の大合戦の予感を前に、この正念場に、
誰ぞの奥方でもない無関係の女を何のために!!」
「……」
「…まさか。さっきお前の民家にいた小娘のことではあるまいな?」
「はい。まさしくそれです」
「それを連れていかねばならん理由を説明してみせろ。
不当な理由ならばその話は当然却下する」
直政はピリピリしていた。
ここは江戸城のとある一室…
直政と隼人が二人向かい合って話し合っていた。
隼人は結のことを最初から丁寧に説明した。
舞は自分と同じ未来人であること。
ただ、大坂へ向かう行軍の中に入れてもらうだけで良い、
戦には一切関与しない…など。
それを聞いていた直政は苦い表情をする。
「……まさか、あの小娘が、お前と同じ境遇だって言うのか」
「はい…」
「説得力のある証拠は?」
「それは、直接会っていただいた方がよろしいかと…」
「支度で忙しい俺に手間かけさせる気か」
「無礼であることは百も承知しております。
あの娘の監視と世話は俺が果たしますから、どうか…!」
「女の子守りをしながら軍務も果たせるのか?」
「両立させます…!」
「…………まったく、」
直政は立ち上がる。
「そんなに言うなら今すぐ小娘を連れてこい。
その小娘の言葉と証拠品を確認してから判断する、早く呼んで来い」
「あ、ありがとうございます…流石井伊殿!!」
「まだ決まったわけじゃないからな!さっさと行け!
俺をあまり待たせるな!」
直政はそっぽを向いた。照れ隠しのようにも見えた。
隼人は急いで城を出て、舞に事情を話して
江戸城にまで連れ行くのだった…