タイムスリップ物語 21

正則を泣かせてしまった。
隼人に怒られてしまった。
舞は悲しくなった。
翌朝、東軍は小田原を発ち更に西へと向かい出す。
舞は無言で歩いた。
自分の前をゆく隼人も黙りこんでいる。
舞は心の中でこう思った。
「(そういえば私、最近調子に乗っいてたかもしれない…
らしくないのは私の方だ。身の程を弁えなくちゃいけないんだわ)」
この戦乱の時代へタイムスリップしてから
自分からあれこれ積極的に主張するようになった。
好奇心が旺盛になった。
しかしそれは他人に迷惑をかけることに繋がってしまった。
舞は久しぶりに未来のことを思い出す。
もうひと月以上が経った。
「みんな…元気かな……もう今は夏休みかな…」
舞自身この時代に慣れてきたのか、以前のように寂しさで泣くことは減った。
いつも自分を支えてくれる人がいたからこそどうにかなったのだ。
今はその人が自分から離れていっているような気がした。
「反省しないと……」
舞はいつになく小さく見える隼人の背中を見上げた。

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それから日数が経ち、8月14日になった。

この日の昼に、東軍は福島正則の居城である清洲城に到着した。
西軍との戦に備えた最前線である。
後は家康本陣の到着を待つだけだった。
正則が東軍諸将の前に進み出て言葉を発する。
「軍監殿らと話し合った結果、しばらく内府殿の指示を待つ。
各々、それまで戦に備え、英気を養うが良い!」
いつも通りの正則を見て結はホッとした。
軍監の直政、そして本多忠勝も前に出て、諸連絡をする。
ここで諸将は自由解散となった。城内では大名、城外では士卒が、
各自で準備を整えたり疲れを癒したりしている。
流れ解散となり人が減って行く中、正則が舞のもとにやってくる。
「あ…」
舞は思わず頭を下げて謝った。
「この前は、本当にすみませんでした」
「何がだよ」
「え…いや、だから……」
正則は照れくさそうに笑い出す。
「よせやい!俺の無様な泣きっ面なんざ、忘れてくれよ!」
「……」
「いいんだよ。俺ももうガキじゃねえ…
大人気なかった。ま、この前のことは
井伊・本多両名にしっかりと報告されちまったみてぇだから
今後気をつけねえとなぁ!」
ガハハと笑う正則を見て胸が痛んだ。

いくら自分が未来から来た人間であったとしても、
もう一ヶ月になるのだ、
この時代の人々の感覚を、学ばなければなるまい。
舞は自分からこの場を立ち去ろうとした。
「ごめんなさい。私、用事を思い出したのでこの辺で…、
正則さんもしっかり休んで下さい」
逃げるように走った。
「お、おい!舞!一人でうろつくと危ねえぞー
俺の城なんだから案内くらいはしてやるぜ!」
正則の声かけにも応じず舞は去った。
ふと正則は隼人の姿を探し出す。柱に背もたれて寝ようとしている
隼人を見つけて強引に掴み上げた。
「いでででっ!ちょっ…福島殿?!何を!」
「てめぇ、舞に何か言っただろ」
「は…?」
「舞の元気がねえぞ」
「そ、それはこの前貴方がアイツの前でお泣きになったからで…」
「本当にそれだけか」
正則の鋭い目が隼人を突き刺す。
隼人も隼人なりに反発する。
「いきなり大の男が泣き出したんです、そりゃビックリしますよ!」
「何だと!」
正則は隼人に殴りかかろうとした、だが止められた。

「離せ!!離せよ忠興!!」
正則の腕を掴んで制止したのは細川忠興その人であった。
忠興は冷たい視線を正則に浴びせてこう言う。
「見苦しい」
「うるせえ!!おめぇはすっこんでろ!」
この騒ぎに、周りの者達は驚いた様子でこちらに視線を投げかける。
忠興は目を細める。
「女一人のためにこの騒ぎか、情けない」
「おめぇ…!」
「つい先程、貴様は言ったな。もう俺はガキじゃない。
今後気を付けねば…と。言った傍からこれか」
「…!!」
正則は力を緩めて、そっぽを向いてどこかへ行ってしまった。
忠興は呆れた顔で腰を抜かした隼人に言った。
「…貴様も大概だな」
「……」
そして忠興は立ち去った。集まった群衆の中を掻き分けながら。
それと同時に直政が隼人のもとに駆け寄る。
厳しい顔をしていた。
「…隼人、早速部隊の規律を乱すような真似をしたそうだな」
「……申し訳…」
「何でも謝ればいいってもんじゃねえ」
直政は表情が強張る。
危うく刀傷沙汰になりそうなところを忠勝が止めに入った。
「直政もお前もいい加減にしろ!誰かが引き下がらねばいつまで
経っても場の収集がつかんではないか」
「…っ」
直政は深呼吸をしてから落ち着く。
そして言い放つ。
「隼人……舞を探しに行け」
「はい……」
隼人は立ち上がり、探しに行った。
忠勝は溜め息をつきながら直政に話しかける。
「お前まで熱くなってどうする」
「申し訳ない…俺も、アイツらも…どうかしてるようだ」


一方で、舞は城の廊下をひたすらに歩いた。
そのうち迷ってしまった。
「もう…何でこうなっちゃうんだろ…」
舞は今まで溜まっていたものをそこで吐き出した。
「…帰りたい…」
そう呟いた時、何者かが舞に話しかける。
「————くだらんな」
「?!」
後ろを振り向くと結の知らない人物が突っ立って
薄ら笑いを浮かべている。
端正な顔つきに色白な肌、長く垂らした前髪…
他の人とは違う、異様な空気を纏っていた。
そして浮かべる笑みは酷く不気味なものだった。
「…誰ですか?」
「自分から名乗るのが礼儀というものだ」
「っ…相原、舞です…」
「知っている」
「え?知ってたのに訊くんですか?」
「面と向かって話すのはこれが最初だ。名乗るのが普通だろう」
「貴方は誰なんですか?」
「…細川越中守忠興」
「!!」
舞の中にある記憶が駆け巡る。
そうだ、細川…
「細川って……まさか、たまさんの…」
忠興がピクリと反応する。
「たまが…何だと?」
舞に詰め寄った。結は一歩後ずさりする。
「貴様、たまを知っているのか」
「し、知っているも何も…ついこの前、生前のたまさんに
会ったんです…」
「何?」
更に詰め寄ろうとする忠興に舞は恐怖を覚え両手を前で伸ばす。
そこでずっと彼に対して疑問に思っていたことを訊いてしまった。

「どうして、たまさんを……死なせたんですか———?」

忠興の顔色が一変したのが見て取れた。