タイムスリップ物語 22

忠興は問い詰めようとした。
「何故貴様がたまに会えた。どこで会った?
屋敷か?それとも外でか」
舞は忠興の鋭い目つきに言いようのない恐怖に駆られる。
「言え」
「…外で、会いました」
「いつだ」
「っと…ひと月くらい前だったと思います…」
「たまは一人でいたのか」
「いえ、マリアさんって人と一緒に…」
「……そうか、いと(マリア)の奴…勝手な真似を…」
舞は恐る恐る忠興に尋ねる。
「…どうして、たまさんを死なせたんですか?」
忠興は不機嫌そうな顔で言い放つ。
「くどい。何度も同じことを訊くな」
「っ…」
「たまのことを貴様ごときが知る必要はない」
「でも…たまさん何だか…とっても、悲しそうでした」
「悲しい…?哀愁を帯びているのは元からだ」
「でも、たまさん、本当は生きたかったんじゃないでしょうか?」
舞が話を続けようとすると、忠興が怒鳴りつけた。
「貴様に何が分かる!たかだか一度会っただけの貴様に…
たまの何が分かる!俺の何が分かると言うのだ!!」
「っ!」
思わずバランスを崩してよろけてしまったところを、
舞は背中を何者かに支えられた。
驚いて振り向くと、また知らない人物が舞を庇うかのように
後ろから支えて、忠興を黙視していた。
「…忠興、もうその辺にしておけ」
「間が良いな、黒田」
舞を支えている人物は、黒田長政であった。
長政は至って冷静だ。
「流石にお前も、井伊隊お預かりの娘御を斬ったりはしない
だろうが責め立てるのも良くないな。
悪意のない純粋な心で奥方殿を思いやっているというのに」
「…ふん、余計なお世話というものだ」
忠興はこちらに背を向けて来た方向に立ち去った。
どっと緊張がほぐれて崩れそうになる結を、
長政はしっかりと支えていた。
「大丈夫か」
「あ…はい……ええっと…」
「俺は黒田甲斐守長政。父の如水なら知ってるかな?」
「黒田……?いえ、聞いたことないです…」
「そうか」
長政は舞を離して微笑した。
舞からすれば苦笑いに近い笑顔だった。
もともと長政の眉に皺が寄っているからだった。
中背で黒髪の、気さくそうな人物である。
「黒田さん、さっきは、ありがとうございました」
舞はお辞儀をする。
「良いんだ。さっき忠興が君の後をつけていったから、気になって
来てみたらやはり、このザマだったね」
「あの人…つけてたんだ…」
舞は改めてゾッとした。長政は笑顔を絶やさない。
「彼にもいろいろと事情があるみたいでさ。
今はあまり関わらない方が無難だと思うよ」
「はぁ…そういえば…黒田さん、全然怖がってなかったですね…」
「俺が忠興を怖がるって?あはは!それはないなぁ」
長政は舞から視線を逸らし庭の景色を見る。
「俺たちは、同士…仲間みたいなものさ」
「仲間…?」
「そう。打倒三成を掲げた連中がこぞって集まってできた軍勢だ」
「また石田さんか……」
舞はがっかりした。こんなに多くの人に嫌われている石田三成とは
如何様な人物なのか。しかし隼人や正則の先日の話を
聞く限り、三成がそんなに悪い人物のようには聞こえなかった。
「あ!そういえば私の名前、まだ言ってないですよね…」
「ああ、言うには及ばず。相原舞殿。とっくに知ってるよ」
「え」
「井伊殿がずっと前に俺たちに君のことを話してくれたからね。
君がワケありだって聞いたから、細かい事情は聞かないよ」
「そうだったんですか…だから細川さんも知ってたんだ…」

すると隼人がこの現場に血相を変えてやって来た。
「舞っ!」
「あ、隼人君…」
隼人は舞を見つけるのと同時に長政の姿を確認し驚く。
「黒田殿…どうしてここに…?」
長政はフッと笑ってあまり多くは語らなかった。
「この娘さんが、困っていたようなので助けてやった…と
いうことにしておこうかな」
「先程細川殿が…恐い顔で廊下を歩いてたのと何か関係が…」
「それよりも隼人殿、舞殿と仲直りしてくれよ」
「え…?」
それだけ言い残して長政も去っていった。
隼人は唖然として呟く。
「何で黒田殿…そのことを知ってるんだ?」
舞も不思議に思っていたが、ハッとして隼人に謝った。
「隼人君、ゴメン…!」
「っ…」
「私、もっとこの時代のこと学ぶから。
まだ分かんないことがいっぱいあって、この前みたいな
ミスをしちゃうかもしれない。でも、この時代の人たちのこと
いっぱい知って、現代との価値観の違いとか、みんながその時
どう思って行動してるのだとか、観察して、学ぶから…」
「そんなことしなくていい」
「?」
「…俺が悪かった。お前に無茶言って悪かった。そんなもの、
お前が知る必要なんかねぇよ…お前はお前のままでいい」
「でも……」
「確かにお前はいろんな人に関わってトラブルを起こす。
でも、それでいいじゃねぇか…」
「……」
「お前に関わってきた人は皆、お前に興味があるんだよ」
「私に……?」
「ああ。だから自分を無理に隠さなくていい。
ありのままのお前でいろ。皆もそれを見ようとしている。
俺もそっちの方がいいと思う。
まぁ但し、責任者の俺が処罰されない程度に頼むよ?」
「…隼人君、私…」
舞の言葉を隼人は遮った。
「もうこの話は終わりな。ちょっと散歩でも行くか?」
「いいの?」
「もちろん。ここは未来でいう愛知県の清洲さ。
清洲って地名は未来でも残ってるんだろ?」
「え?あ、うん…清洲は聞いたことあるかも」
「城下町探検と行こうぜ!」
「うん」
隼人は舞の歩幅に合わせながら清洲城の城下町を
自分の知る範囲で案内した。
さっきまでの蟠(わだかま)りが嘘のように溶けていくのが
舞には感じ取れた。
無意識のうちに、笑みがこぼれた。