タイムスリップ物語 24

8月17日…
東軍が清洲城に到着してから早3日が経った。
一向に家康からの軍令はない。江戸を発ったという知らせもない。
そんな日のことだった。
この日も、隼人と結は暇を持て余して城下町を出歩いていた。
道中、舞はある物を発見する。
「……あ…あれって…」
その視線の先にあるのは、弓道場だった。
数十人の兵卒が稽古をしたり、弓矢の手入れをしていた。
立ち止まる舞に気づいた隼人は声をかける。
「どうした?」
舞は視線を道場に向けたまま答える。
「…私、高校の部活で弓道やってたの。
だから、懐かしいなぁって思って…」
隼人も弓道場へ目を向ける。
「へぇ……」
舞は久しぶりに思い出した。高校のことを…
「………」
「やってみる?」
「…え?」
弓道。そこの道場で試し射ちさせてもらえばいいじゃないか」
「ええ?!い、いいよそんな…邪魔しちゃうし…」
「そんなことねーよ。俺から頼んでさせてやるから」
「そんな、悪いよ」
「悪いことなんかあるもんか。俺も見てみたいな、お前の弓道
隼人は舞の了承なしに道場へ足を運んだ。
舞も慌ててついていく。
中へ入る。今も昔も変わらない道場の内装。
懐かしいなぁ…と舞が思っているところで隼人は道場の
一番偉そうな男性に頼み入る。
「手前は徳川家に仕える斉藤隼人と申します。
少しこの娘に試し打ちさせていただけませんか?」
男性は温厚そうな人だった。ゆっくりと頷きこう答える。
「右端の的が空いております故、ご自由にお使いくだされ」
「ありがとうございます!」
隼人はそう言って後ろにいる舞を前に出す。
男性はほうほうと感心するような素振りを見せて舞に話しかける。
「お主は武芸を嗜んでおるのか?」
舞は何を訊かれたのか分からない様子で隼人に助けを求める。
「は、はい!弓道を始めたのはほんの数ヶ月前からなんですけど、
何ていうか…その…かっこいいですよね、弓道
「かっこいい…?」
「…はい」
明らかにこの時代の感覚とは違う受け答えをしてしまって
舞はハッとしたが、男性は笑顔で受け止めた。
「そうかそうか…かっこいい、の。どれ、あそこからお好みの
弓を選びなさい。矢はこちらにたくさんあるから」
「はい」
舞は弓を順番に手にとってみて、一番体に馴染むものを取った。
そして矢を三本もらい、射場に立った。
武道場には珍しい女の登場に、周りで練習していた人たちも
一斉に舞の方を向いた。緊張した。
隼人やその男性も見守った。
皆、空気を読んでいるのか静まり返った。静寂がこの空間を覆う。
舞は集中し、矢を取りゆっくりと弓を引く。
「(こんな大勢に見守られるなんて初めて…
それに私…初めてまだ3ヶ月だしこっちの時代に来てからは
練習してないし…できるかな…)」
このような雑念が入り混じり、射った一本目は的から外れてしまう。
周りから、おお…と残念そうな声が漏れる。舞は一層緊張が増した。
そんな最中に、隼人が応援をする。
「落ち着け!心を無にするんだ!」
そうだ、余計なこと考えちゃダメだ…舞はそう思って雑念を退く。
弓をギリギリまでしならせ、力いっぱい矢を放つ。

ヒュンッ―――…トッ!

二本目の矢は的の端の方に命中した。
舞は落ち着いて、最後の一本を放つ。

ヒュンッッ!トッ

誰もが目で矢を必死に追いかけた。
そして的を見る。
……矢は的のほぼ中央に命中していた。

「おおーー!!」
周りから歓声が上がった。
舞は一瞬何が起こったのか分からない様子で的をじっと見る。
「…あ……」
舞は驚いた。
隼人が駆けつける。
「舞!お前的の真ん中に当てるたぁやるじゃねーか!!」
隼人の嬉しそうな顔をみて漸く確信した。
「私…真ん中に当てたの…初めて」
「マジかよ!すげえよ!」
「ま、まぐれかもしれないけど…」
そこへ男性がやってくる。
「いや。最後のはなかなか筋が良かった」
「本当ですか?」
「うむ。鍛錬を重ねれば、もっと上手くなるじゃろうて」
やっと舞にも笑顔が戻る。
「ありがとうございます…!」

舞と隼人は道場を出た。
隼人はニコニコしながら舞に話しかける。
「いやホントすごかったなぁ…真ん中を射るのって、
簡単なことじゃねえだろ?」
「うん」
「お前が男なら弓兵としてその腕を振るうこともできるのにな」
「あはは…私、戦には出たくないかも…」
ここはとても平和だが、いつ戦が起こってもおかしくない状況。
人が平気で人を殺す世の中だ。おそらくこの町を出れば
外には危険がいっぱい潜んでいる。そのことを忘れてはならない。
しかし、舞にとっては良い体験ができた。
まさかこの時代でも弓道に触れる機会があるとは思わなかった。

夕方に、清洲城へ戻ると二人のもとに井伊直政がやって来た。
直政は気まずそうな顔をしている。
隼人が用件を尋ねた。
「何か御用ですか?」
「あ、ああ」
直政が隼人と舞に対して提案をした。
清洲に来て3日も経つだろう?未だ上様(家康)からは何の
御指示もない。そこでだな…舞…お前の目的地は
大坂なのだろう?このまま俺たちと待ちぼうけをするよりは、
ここを離れて大坂へ向かった方が良いのではと思うてな…その…
明日にでも隼人に大坂へ連れて行ってもらわんか?」
「ええ?!」
隼人が驚いた。
「いや、ですが俺…井伊隊の下で兵卒として
何の役割も果たせていません…」
「俺から言い出しといて、このことは真に申し訳ないと思っている。
だが、このまま待っていても舞が暇だろうと思って…
別に、ここで隼人が抜けても全体には何の影響もないしな」
「どういう風の吹き回しですか、それは…」
「らしくないとは思っている。部隊に迷惑をかけぬよう我が隊に
くっついて来いと言ったのは俺なのに…
しかし、事は臨機応変に対処せねばなるまい。
だからいっそのこと、舞を先に連れていってやった方が
効率が良いと思ってだな…」
「……」
隼人は黙り込んで、直政へ重苦しそうに話しかける。
「現在、この清洲のすぐ先…木曽川長良川の向こう側には、
石田三成ら西軍が陣取っています。昨日東軍が落とした福束城の方を
進んでいくにしても、大坂へ向かえば向かうほど、俺たちは敵地へ
踏み込むようなカタチになります。そんな中、女子を連れて歩く
のには、常に危険がつきまとう」
多くの西軍が散らばり陣取る畿内へ入るのは危険であった。
行きはまだ三成らの宣戦布告を受けていなかったから
マシだったが、今はきっと関所一つ通過するのも難儀だし、
万が一西軍に見つかれば捕まるかもしれない。
直政は渋った。
「俺もそれは考えた。だが…俺たちについて行っても、
舞が大坂に行けるのはいつになるか分からねえ。
…隼人なら畿内の道には詳しいはずだ」
「俺は舞の護衛のためだけにあるのか…」
「舞を連れて来たのはお前だ。最後まで責任を取る義務がある。
それとも何だ、舞を見捨てるか」
隼人は舞を見た。
「…舞、お前…早く大坂に行きたいか?」
舞は自分が迷惑をかけていると思い、遠慮した。
「私は…どっちでもいいよ。隼人君のしたいようにして」
話に進展がないので、直政が後押しをした。
「敵の少ない街道や山道を通れば大坂まで行けないこともない。
女子一人幸せにしてやれなくてどうする?隼人」
「しかし…」
「このまま俺たちといたって、戦が始まればそれはそれで危険だ。
それよりかは、お前たちが旅人に扮して敵地へ踏み込んだ方が
命の危険はないと心得る。身分さえ隠し通せば殺されはしない」
「…」
そうかもしれない。
いつかこの清洲城を出て、平地で戦をするようになったら
舞には危ないかもしれない。
清正の押しに負けたとは言え、舞を引き取ったのもは自分だ。
それよりはただの通行人として大坂へ向かう方が安全なのかもしれない。

隼人は決意した。
「分かりました。明日、コイツと共に大坂へ向かいます」
「!」
舞は驚いて隼人を見上げる。
「いいの?」
「その方がお前のためだ」
「危なくない?」
「どっち道危ないだろ。このまま軍隊の中にいたって、
戦が始まりゃ何が起こるか分かんねえし、お荷物だし…」
「……」
「そういうことです、井伊殿」
隼人は直政を見る。直政は複雑な表情をしつつ笑顔を作る。
「決まりだな…じゃあ、今夜はささやかな送別でもするか」
「送別?」
隼人と舞が同時に発した。直政は精一杯の笑顔を見せる。
「もしかしたらこれで最後かもしれねえしな、舞に会えるのも」
「井伊さん…」
「べ、別に、別れが名残惜しいとかそういうワケじゃねーぞ!
…それにしてもお前、本当に良い体験ができたな」
直政は舞を見る。
「こんな男だらけの軍隊に慰安でもねえ女が混じって行動したんだ」
「はい…」
「半月程の付き合いだったが、いろんな奴と出会えただろ?」
「はい」
「忘れんな。未来へ帰れたとしても、俺たちのこと覚えててくれよな。過去の人間にとって、これは名誉なことである。
まぁ、お前の前で語り継げるような活躍はしてないが」
「……」
「必ず、戻れるさ。信じてお前を見送ろう」
舞はフッと微笑んだ。