タイムスリップ物語 25

「いやぁまさか直政が宴会を開くとはなぁ」
17日、夜―――。
舞と隼人は井伊直政本多忠勝らと共に送別会に居合わせた。
…とは言っても、いつも通りの食事に酒が
並べられているだけだ。
舞は未成年ということもあって酒を遠慮するが、
この時代にはそういう事情がないため
酔いが回った直政が舞に酒をすすめてきた。
「飲めやい飲めやい…町でわざわざ美味い酒を取り寄せたのだぞ?」
「は、はぁ…」
舞は困った。同じく未成年であるはずの隼人は
何事もないかのように飲酒している。
隼人に助けを求めても無駄かもしれないと思ったが、
一応頼んでみた。
「隼人君…お酒、飲みすぎない方が…」
隼人はいつもより高いテンションで反応する。
「舞も飲めよ〜ちっとくらい気にすんなってぇ〜」
「……」
こりゃダメだな…と舞は思った。
そこへ忠勝がフォローに回る。
「直政も隼人も、飲めぬ者に酒をすすめるのは大概にしておけ」
忠勝は舞に水を差し出した。
「これで構わんか」
「あ、はい!…お水で十分です」
この時代にはジュースなどと言ったものは存在しない。
この宴会の場に酒はないので舞は水を飲むしかないのだ。
その代わり食事はしっかりといただいた。
舞にとって新鮮なのは、井伊直政本多忠勝などと言った
歴史上の人物たちと一緒に食事をしていることだ。
何もかもが貴重な体験であった。
しばらくして直政が舞に話を振った。
「そういや…舞…お前、大坂に行ってどうやって未来に帰るんだ?」
舞は胸の奥がズキリとした。
「それは…」
戻れる可能性は低い。
結が黙り込んだので、忠勝が案じる。
忠勝は渋い顔つきで、こちらはまさに武人といった風貌だった。
「最悪の場合、こちらで保護してやっても良いのだが」
「本多さん…」
そこへ直政が割り込む。
「何ですか忠勝殿〜!もしかして、手篭めにでもするつもりで…」
「たわけ!儂はただ娘を気遣っておるだけだ」
忠勝は直政の頭をグーで殴った。
痛がる直政がやり返そうとするのを、忠勝は上手くかわした。
「た、忠勝殿〜!」
「まだまだじゃな」
その様子を舞はおかしそうに眺めていたが、
やはりいざ誰かのもとへ身を寄せることになったら、彼らには
申し訳ないが、清正のもとへ行こうと思っていた。
ふと、隼人が横になって寝ているのに気づいて隼人を揺すり起こす。
「隼人君、こんなとこで寝てたら風邪引くよ」
酒の入った隼人はいびきをかきながら眠りこけている。
多少のことでは目覚めそうにない。
「あ〜あ…みんなお酒が入るとすぐこうなっちゃうのね…」
戦国時代に主に飲まれる酒は濁酒(どぶろく)などで、
さほどアルコールは強くない。
かつて織田信長などは、南蛮から伝来したワインを好んだと
いうが、この時代普通は手に入らない。
舞はふと福島正則のことも思い出した。
「正則さんも、井伊さんも隼人君も…お酒が入ると人が変わるなぁ」
所詮こんなものなのかもしれない。
未来の大人だって、酒に酔えば性格が変わる。
しかし舞にはそれが何だか怖かった。
垣間見えないその人の本性が見えてしまう気がして。

送別会と言う名の宴会が終わり、舞は寝ぼける隼人を忠勝に
担いでもらいながら、特別に寝室に連れて行ってもらった。
忠勝はやはりどこか気を遣っている様子が見受けられる。
「…隼人とは、何もないのか」
「何もって…?」
「いや…無粋なことを聞いた。忘れてくれ」
舞にはイマイチその意味の指すところが分からなかったが、
隼人は本当にいい友達であり頼れる仲間だと思っている。
寝室に布団を敷いて隼人を寝かせた。
忠勝がふぅ…と息を漏らし、腕を組む。
「それでは儂も向こうで休むとするか。…お主も、早う休まれよ」
「はい。ありがとうございました、本多さん」
「うむ。明日はもう会うこともなかろう。達者でな」
そう言い残して去った。
舞は隼人の寝息だけが聞こえてくる部屋の中で腰を下ろした。
ぼーっとすると、思い出すのだ。未来のことを…
「………」
もうここへ来て随分経った。
だいぶ慣れてきたつもりだが、夜は寂しさがこみ上げてくる。
時には諦めが必要だと言う…しかし、このまま戻れなかったら
未来の両親達はどうなるのか?
捜索願いを出したって見つかりっこない。
私は“ここ”にいる。
「…私、ここに来ていろんな人と出会えたわ。
きっと歴史に名を残したくらいの人達と、お話したり、笑ったり…
でも、やっぱり私の居場所はここじゃない。
今までだってずっと耐えてきたわ。泣かないように頑張ってきたわ。
可能性を信じて今日まで、ずっと…頑張ってきたわ」
舞は泣かなかった。しかし声は震えている。
「ここも良い人達ばかりだわ。すごいでしょ?戦国武将って、
もっと怖いものだと思ってた。怖い人もいる。いるけど、
基本みんな優しいの…みんなが私なんかを気にかけてくれるのよ」
舞は目の前で眠りこけている隼人に話しかけているのではない。
未来にいるみんなに話しかけているのだ。
「だから私、絶対未来に戻らなきゃって思う。
ここの人達もそれを願ってくれている。私は帰りたい」
舞は天井を仰ぐ。
「本当に神様がいるのなら、そろそろ未来に帰らせてくれてもいいじゃない」

舞は立ち上がり、畳まれた布団を敷いた。
昨日までは布団ではなく、城下の一つの屋敷の中で寝泊りをしていた
のだが、今夜は隼人がこのサマなので特別に城内の部屋の寝室で、
布団を敷いて寝させてもらえる。
舞は掛け布団を顔まで深く被った。
「(寝なきゃ…)」
早くも日付が変わろうとしていた…