タイムスリップ物語 26

8月18日、早朝…

「あ〜あ…あんまり眠れなかったなぁ…」
舞はいつもよりダルそうにしていた。
結局いろいろと考え込むうちに朝になってしまったようだ。
リュックから腕時計を取り出す。この時代ではあまり必要性がなく、
むやみに腕に装着していたら誰かに怪しまれるかもしれないから
普段はリュックの中に入れていた。
この時代で使われる時計と言ったら、まずは水時計か。
水時計が日本で登場したのは西暦660年にかの中大兄皇子
作らせたという水時計が最古である。
それから長らく日本人は水時計を利用してきたが、
戦乱の世が到来すると共に日の出から日の入までを
6等分した不定期法というものが使われ始めた。
他にも、戦国時代にフランシスコ・ザビエルがもたらしたという
西洋式の機会型時計があるが、不定期法が主流として使われていたらしい。

舞は腕時計の針を確認した。
時刻は朝の4時半であった。外はまだ少し暗い。
隣で隼人はまだ寝ている。
ふと、舞は起き上がってリュックの中からデジカメを取り出した。
「これも修学旅行で持ってきたけど、初日からこっちの時代に
連れて来られたから、全然使えなかったね…」
こちらと同じように未来の時が流れているのなら、もうとっくに
修学旅行も終わり夏休みだからだ。
舞はそこで思いついた。
「そうだ……この時代の人達と、記念写真とか…いいじゃない!」
斬新な試みであった。過去の人達をカメラに収めるという、
おそらく幕末以前の日本人では誰も成し得ていないであろう
試みを舞は思いついたのだ。
ゴクリと唾を飲み込んだ。
「大丈夫よね…?だってここ、パラレルワールドの過去だもの。
私がいた未来の歴史を変えちゃうなんてことには、ならないよね…」
舞はドキドキしながら再び布団の中に戻り、日の出を待ちわびた。

朝日が部屋に差し込んだ。いい天気だった。
舞は布団から出て縁側に立ち、朝日を浴びる。
「これで、ここのみんなともお別れなんだ」
舞はどうしてもこの時代の、懇意にしてくれた人達を
写真に収めたかった。
歴史を変えるつもりはない。ただ、記念に、思い出として残したかった。
そこで、まだ布団の中にいた隼人が自力で目を覚ました。
「ふぁあ……っ」
間抜けた声を出したため、舞は思わず微笑した。
「おはよ、隼人君」
「……ん、おはよ…」
「昨日あれだけお酒飲んでたけど調子はどう?」
「ああ……そうだな…二日酔いはしてないと思う」
「ホントに?」
「おう!何てったって今日は出発の日だもんな。
道案内する俺が寝込むわけにもいかねえだろ」
「そうだね…ありがと、あ!隼人君、あのね…」
舞はリュックを手に取りデジカメを取り出し、隼人に見せる。
「折角だから、ここのみんなと記念写真撮らない?」
「は!?」
隼人は始めカメラを懐かしそうに見ていたが、
舞のその発言で仰天する。
「そんな…過去の人間と記念写真って…」
「セーフよ。ここはパラレルの世界なんでしょ…?」
「そりゃ…俺たちがいた未来とは別世界の過去だけど…」
「だったら大丈夫。お願い、ね?いいでしょ…?」
舞の頼みに隼人は押されて許してしまう。
「いいけど…撮影の誘いはお前がやれよな?」
「…分かった。なるべくたくさんの人に声かけてみる」
「本気かよ…舞が誘おうとしてるのってほぼ大名だろ…
身分をわきまえねーと…」
「身分…」
「この時代にはちゃんとした身分があんの。
普通、一般人が大名に直談判なんかするか?しないだろ?
下手に接して機嫌を損ねたら首チョンパかもしれないだろ?」
「こ、怖いこと言わないで…っ」
「はは、ちょっとからかってみただけだよ。
ま…今までの様子を見る限り、何かみんなお前には優しいんだよな」
「そうなの?」
「きっとお前が未来から来た人間だからかな」
隼人は羨ましそうな顔をして舞を見る。
「俺も同じ未来人なのによ」
それは舞が女だからか、魅力があるからなのかは分からない。
ただ、確かに皆、良くも悪くも舞を特別視している。
隼人は助言する。
「こういうのは早めに頼んどいた方がいいぞ。
今の時間帯ならおおよその大名は起床してこれから
朝餉(朝食)をとるくらいだろうから」
「うん」
舞は早速デジカメを首にかけて、一番快く受け入れてくれそうな
福島正則のもとへ出かけた。
正則の居場所はこの前隼人に案内されたことが
あるので何となく覚えている。
まだ朝早くだからか、廊下にはあまり人がうろついていない。
いるのは食事を運ぶ城の侍女、小姓くらいであった。
舞は正則のいる部屋へ辿り着き、しゃがみ、障子越しに挨拶をする。
「おはようございます、正則さん。相原舞です」
部屋の中からは数人の男の話し声が聞こえたが、舞の一声で
静まり返り、正則と思われる声の主からの返答があった。
「おう!舞か、入って良いぞ!」
朝から威勢のいい声だった。正則だと確信した舞は失礼しますと
言ってから障子を開けた。
中には、食事中の正則とその友人の加藤嘉明、そして黒田長政がいた。
三人は舞の方へ目を向けた。
「あ、皆さんいらっしゃったんですね…」
黒田長政は機嫌が良さそうに結に尋ねる。
「やぁ、久しぶりだな。あの後、恙無き(つつがなき)か?」
「つ、つつが…??」
イマイチ言葉の意味を理解できなかった舞は戸惑う。
正則が言葉を補った。
「元気か?ってことよ」
「あ、はい…見ての通り、元気です」
舞は袖を捲りあげて腕を出し、少しだが力こぶを出してみせる。
長政は笑った。
「それは良かった。…で、何用かな?こんな朝早くに」
舞は改まって、記念写真のことを丁寧に説明した。
正則達は、写真のことよりもカメラというものに興味をそそられた。
珍しい…珍しい…そう言って食事そっちのけで
舞のデジカメに釘付けになる。
特に嘉明は目を輝かせながらこう言った。
「この機械の用途を教えて」
「これはカメラと言って、未来の道具です。景色や人物を
写すことができる便利な物なんです」
「写す…?」
「そう!この時代はみんな絵を描くしか方法がないけれど、
そんな手間も省けちゃうのがこのカメラなんです」
「…未来はすごい」
「はい。それで、実は私、皆さんと一緒に写真というものを
撮りたいんですが、他にも誘えそうな人がいたら
声をかけようと思って」
「それなら俺に任せとけい!」
正則が立ち上がる。
「本当ですか?」
「おう!舞はとりあえず井伊、本多辺りにでも声かけときな」
そう言って正則は食事が途中のまま席を外した。
長政は苦笑する。
「正則の奴…相当君のことを気に入ってるんだな」
嘉明も黙って頷いた。舞はちょっと照れくさくなった。

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こうして、多くの諸将が集められた。
福島正則加藤嘉明黒田長政井伊直政本多忠勝藤堂高虎
細川忠興浅野幸長池田輝政などなど…
舞の知らない者までもが集まっていた。
「わぁ…これ、みんな私のために集まってくれたの?」
舞は正則に尋ねる。
「おうよ!幸せモンだなぁお前は」
正則は御満悦の様子でニヤケた。
隼人もすぐに駆けつけてくれた。

「三佐(池田)、これはどういうことだ」
「どうもこうも…すぐに終わると申しておったから
まぁ別に良いではないか」
忠興は輝政に愚痴をこぼしている。
「いや越中(細川)、嫌なら初めから断れば良かっただろう」
「福島が半ば強制的に連れて来たんじゃないか」
「そうか。まぁ、提案はあの女子らしいが」
「聞いた。馬鹿馬鹿しいとは思わんか?」
「何が?」
「俺達の姿をあのカメラとやらに収めて何とする?先程福島に聞いた
未来とやらに持っていくのか?理解に苦しむ」
忠興は正則に舞の素性のことを聞かされた。
当然信じなかった。よりにもよって、忠興にそのことを話す正則も
どうかと思うが忠興は特に興味を示さなかった。
そこへ輝政が鋭い一言を浴びせる。
「そんなに嫌なら今すぐ帰ればいいだけのこと。違うか?」
「……」
「何だかんだ言って、越中も気になるのだろ?」
輝政が上目遣いで忠興の顔を覗き込むので忠興は顔を背けた。
輝政の隣に突っ立っていた高虎は二人に向かって呟いた。
「あの娘はただ、俺達との思い出を残してぇだけだろうよ」


皆が集まったのを確認して、舞は皆に話しかける。
こんな大勢の偉い人達の前で話すのは緊張する。
舞は自身を落ち着かせた。
「おはようございます。あの…えっと、私…相原舞と言います。
ワケあって江戸からここまで、皆さんの軍と同行していました。
その間に、ここにいる、いろんな人達と出会いました。
中には今日、初めてお会いする方もいらっしゃると思います。
私は、とても貴重な体験をさせていただくことができました。
そして今日ここを出発することになりました。
折角なので、ここの皆さんと何か記念になるものを残したいなぁ
って思って…それで、お忙しい中集まっていただきました。
ありがとうございました」
舞は長々と続ける。
「今私が手に持っているものは、“カメラ”といって、
皆さんの姿を一枚の絵として残すことができる優れた機械です。
私はこのカメラに皆さんの姿を収めて、
未来に持って帰りたいと思います。
ほんの一瞬で済むことなので、是非皆さんと写真というものを
撮らせて下さい」
言葉足らずだったかもしれない。
中にはきょとんとした面持ちで話を聞いている者もいた。
仕方がない。ただ、写真に残すことができればそれでいいと
舞は思っている。そして皆に配慮してフラッシュはなしにする。
正則が合図を出す。
「そんじゃ、早く写真とやらを撮ってみようぜ!」
舞は用意された高い台にデジカメを設置して、
セルフタイマーをかけ、隼人と共に皆のもとへ並ぶ。
舞は掛け声をする。
「皆さん!良ければ少しの間笑ってて下さい!」
皆は突然のことに戸惑って、それぞれ思い思いの表情をした。
とっておきの笑顔を作るものもいれば、
堅苦しそうな顔をするものもいる。
前列の真ん中に来た舞と隼人には皆の表情は伺えないが…

――――10秒ほど経って、音がカメラから発せられた。
パシャリ―――――ッ


未来の人間と、過去の人間が同時に写る奇跡的な一枚が撮影された。