タイムスリップ物語 27

「―――それでは、これで…」


無事撮影を終え、食事も済ました舞と隼人は清洲城の城門前に立った。
井伊直政本多忠勝福島正則が見送りに来てくれた。
直政は旅立つ二人を激励する。
「この先危ないことがたくさんあるかもしれないが、
お前達の無事を祈っている」
隼人はお礼を述べた。
舞も感謝の意を伝える。
「本当に…今まで、ありがとうございました。
皆さんのことは、決して忘れません」
忠勝も微笑みながら言う。
「中々興味深かったぞ。未来の者と会えて」
直政は同じく。
「そうだな!最初はどうなることかと思ったが、
それなりに、楽しかったぞ」
「私も、皆さんといろいろお話ができて楽しかったです」
舞は隼人をチラ見する。
隼人は頭を掻きながら笑い返した。そして舞に言う。
「そろそろ行くか」
「うん」
そこで正則が待ったをかけた。
「ちょっと待った」
舞は正則を見る。正則は腰に帯びていた短刀を取り出し、舞に手渡す。
舞は驚きつつ尋ねた。
「正則さん…これは?」
正則はニカッと笑ってみせてから答える。
「護身用に持っておけ。ま、隼人がいるなら不要だと思うが、
俺のお守りだと思ってくれりゃいい」
「……!」
「当然刃物だ、気をつけろよ」
「は、はい」
正則はまだ別れたくない様子で話題を変える。
「もし、もしも大坂で未来に帰れなかったら、
やっぱお虎んとこまで行くのか?」
「それは、まだ分かりません…」
そうなのか?という風な顔で直政や忠勝が舞を見る。
直政は言った。
「加藤殿のもとへ行くとなると、あまり会えなくなるな…」
舞は首をかしげる
「どうしてですか?」
「そりゃお前……加藤殿の国許は肥後だからだ…遠いだろう」
「肥後?」
「何だ、もしかしてお前、加藤殿が今どこにいるのかすら知らねえのか」
直政は呆れた。隼人は舞に分かるように説明する。
「肥後っていうのは、未来でいう熊本のことだよ。
漢字表記は違うがこの時代でもクマモトは通じる」
「清正さんって、熊本のお殿様だったの?!」
舞は何故か今日に至るまで清正の居場所を全く知らなかった。
そういえば初めて清正に会った時、
清正は肥後という言葉を発していたかもしれないが、
地名に弱く日本史習いたての舞は
まだ旧国名など覚えておらず、あの時は頭も
いっぱいいっぱいで聞いていなかった。
隼人にも清正の居場所を聞いていなかった。
その後出会った正則達も清正の国の話を出さなかった。
正則がまさかという顔で口を開く。
「知らなかったのかよ!」
舞は皆の反応を見て、口に手を当てて焦る。
「ご、ごめんなさい…!」
忠勝がまたフォローに回る。
「謝ることはない。だが、世話になった大名の居場所くらい
把握しておけ。そして、肥後一帯は罰に加藤主計頭だけの
領地ではないということも覚えておけ」
「?」
聞き返そうとしたのを正則が遮る。
「それは後で隼人にでも聞きな!さっきの俺の話だが、
もしお虎に会うようなことがあったら、俺のこともちゃんと
伝えといてくれよな。
そんじゃ頼むぜ。くれぐれも道中、何事もないことを願う」
そして正則は隼人に向けてこう言う。
「隼人!」
「はい」
「無事に連れてってやれよな。
もちろんおめぇも…生きて帰って来い」
「はっ」

舞と隼人は旅立った。
二人の背中を正則達が見送った。
二人の姿が見えなくなったのを確認してから、正則は
サッと気持ちを入れ替えてから直政達に文句を言う。
「…で、内府殿から何か指示はあったか?」
忠勝が答える。
「いや、まだ何も…」
正則は不機嫌になる。
「聞けばまだ内府殿は江戸を発ってすらいないそうだが、
俺達を*1劫(こう)の立替にするつもりじゃねーだろうな…」
直政が断固否定する。
「そのようなことは絶対にござらん。我々にも何の知らせもないのだ」
正則は唾を吐いて城内に戻っていく。
「(畜生…いつまでも待たせやがって…三成はすぐ近くにいるのに…)」
直政と忠勝は顔を見合わせて溜め息をつくことしかできなかった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

清洲の城下町に出てから、舞は隼人に先程のことを尋ねた。
「隼人君…さっき本多さんが言ってた、肥後は清正さんだけが
治めてるんじゃないってどういうこと?」
隼人は遥か彼方を眺めながら言う。
「熊本…今の時代では肥後国と呼ぶ。このうち北半分を、
加藤清正殿が治めている。だが、南半分は
加藤殿でない、別の人物が治めている…」
「別の人物って?」
「どうせお前の知らない人だ」
「…名前くらい教えてくれてもいいじゃない」
「……小西行長
「小西…行長、さん?」
隼人は無気力な表情では語り出す。
「加藤殿も小西行長も、同じ豊臣家の家臣だ。
俺がこの時代に来るより少し
その昔…今は亡き秀吉公から、二人は肥後国を半分ずつ
分け与えられた。北半分を加藤殿、南半分を小西行長に…」
舞は黙って話を聞いた。
「その頃くらいからか…二人は仲が悪かったらしい。
領地の境界線、宗教、方針の違いなどで頻繁に争っていたらしい」
「……」
「その程度ならまだ良かった。だが…数年前に行われた
朝鮮出兵という外国との戦によって、二人の仲は一層
険悪なものとなった…」
「……」
「加藤殿はお前も知っての通り徳川方についている。
ここで問題、小西行長は石田方と徳川方、どちらに
ついているでしょう?」
「……もしかして、石田三成さんのところ?」
「その通り。お前も知る限り徳川陣営にはいなかった。
つまり二人は、現在敵対関係にある」
隼人はこれ以上のことは話さなかったが、
舞に一つ忠告をした。
「だから、これから大坂に向かう際、
敵に注意するのは最もだが、特に小西行長の部隊には
見つからないよう、絡まれないよう気をつけろ。
お前がうっかり加藤殿のことでも口にすれば、
流石に小西行長もお前を見過ごさないだろう」


あの清正ですら嫌う男とは一体どのような人物なのか、
舞はとても気にかかった。
会ってみたい気もしたが、隼人の忠告通りそれは
身を危険に晒すこととなる。
舞は胸の内に、好奇心をしまいこんだ…

*1:『劫の立替』とは囲碁用語で、わざと石を捨てて敵に取らせることである