タイムスリップ物語 28

舞と隼人が出発した翌日の8月19日に、
ようやく家康からの使者が清洲城に到着し、口上を述べたという。
「諸将が未だに戦端を開かぬのは何故か。
各々方が敵に手出しして向背を明かせば内府殿も御出馬なさる」
つまり、家康は福島正則ら豊臣恩顧の諸将の忠誠度を試したかったのだ。
そして20日、東軍諸将は軍議を開き、岐阜城を始めとする
西軍に属する美濃(岐阜県)の城を攻略することに決めた。
さらにその翌日の21日…
池田輝政浅野幸長山内一豊らの軍勢は木曽川の上流から、
福島正則黒田長政細川忠興加藤嘉明藤堂高虎らの軍勢は
木曽川下流から河を渡り、美濃への進撃を開始したらしい…

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その頃舞たちは、伊勢国三重県)に入っていた。
この国の中にある城はほぼ西軍のものだから、
もちろん西軍の領内ということになる。
なるべく封鎖された関所を避けながら進んでいく。
汗ばむ陽気に舞は気怠さを覚えた。
「…隼人君ちょっと、休もう…?」
隼人は後ろを振り返って案じる。
「大丈夫か?」
流石、この時代で10年過ごしただけのことはある、
この整備されていない道を隼人は平然と歩いていた。
「すぐ先に村が見えるから、そこで一服しようか」
「うん」
しばらく歩くと小さな村が見えてきた。
閑静な場所で、村を出歩く百姓達がぽろぽろ見える。
「ほら、あそこに茶屋が見えるだろ」
「ホントだ…」
「あそこで休もう」
隼人は歩くペースを結に合わせて歩いた。
舞の荷物であるリュックはずっと隼人が背負って歩いていたから
結自身は手ぶらのはずだが疲れていた。
村に着くと、隼人は早速茶屋で茶を所望した。
舞は腰掛けに座り、大きく息をつく。
「…今、どの辺かな?」
伊勢国…まだまだだな」
「そっか…」
舞は改めて昔の人間の苦労が身に染みた。
やがて茶が出され、舞はそれを口につけながら村の景色を眺めた。
「閑静な村だね…」
「そうだな」
隼人は言った。
しばらく無言が続き、隼人はふと立ち上がる。
「ちょっと便所行ってくるわ」
隼人がどこかへ行き、舞は一人になった。
ふぅ…と息を漏らしていると、向こうの道から数人の武装集団が
歩いてきた。
数人の従者のリーダーなのか、周りとは明らかに風格の違う男が
あろうことか舞の座っている腰掛けの端に座り込んだのだ。
すると、兵卒達が舞の方を見てこう言う。
「そこの女、席から去れ」
「え…」
いきなりどけろと言われたものだから、舞は困惑した。
「どうして?」
舞が聞き返すと従者達は嫌そうな顔をするが、すぐに
腰掛けていた男が注意する。
「ウチの軍の品格を下げるような真似はアカン」
そう言って舞の方を向き、
「堪忍な」
と笑いかける。
舞はポカンとした顔で男の顔を見つめた。
男は長身で細身、色素の薄い金髪が目立った。
この男も同じように武装している。
「(もしかして…この人…敵なんじゃ…)」
舞は心の中でそう疑った。
東軍の人達は清洲にいるからこの辺りにはいるはずがないと思った。
しかし隼人曰く、ここはもう敵地だ。
敵地で見知らぬ武装集団がいるということは、敵とみなしてもおかしくはない。
男は従者達に何か指示をして、解散させた。男一人になった。
舞はここから立ち去ろうと思ったが、見知らぬ土地で
隼人を置いて余所へは行けず、踏み込めなかった。
隼人は中々戻ってこない。
舞はずっとドキドキしながら俯いていたが、ついに男の方から
舞に世間話のようなことを話しかけてきた。
「最近世の中荒れとりますやろ」
男の口調は関西弁だった。
「そ、そうですね…」
そっけない返答をする。
「戦は嫌いや…先日の大陸出兵で疲弊しきった国力の回復も
ままならん状態で、あろうことか今度は国内で争う…
命懸けるんもバカバカしいわ。そうは思いまへんか?」
「……」
「…ま、僕も棺桶に片足突っ込んどるようなもんやけどな」
「…私も、争いは、嫌いです」
舞は面を上げた。
「私、思うんです。…どうして、話し合いで解決できないん
だろうって。武力で争ったら、犠牲になる人がいっぱいいるのに…」
「……お嬢ちゃん、よう分かっとるわ」
「戦が日常的な世の中であっても、
人が死ぬのを見たくありません」
「僕も同じや」
「貴方は、これから始まる戦いに参加しているのですか?」
「せや」
「…戦が嫌いなら、どうして戦うの?」
「戦わなアカンからや」
「え?」
「逃れられへんのや」
男が寂しそうな顔をするので舞は気おくれした。
余計なことまで言ってしまう。
「徳川さんも石田さんも、どうして戦をしたがるんでしょうね…
本当は、貴方みたいに戦いたくない人、
たくさんいると思うのに…」
「……」
「清正さんはどう思ってるんだろ…」
「!」
舞の何気ない、いや、不注意な一言に男の表情が一変した。
細い目を見開き眉をひそめている。
「お嬢ちゃん…今、清正言うた?」
「え…?…あ…っ」
舞は危険を察知した。
つい先程まで男を敵と思い警戒しきっていたのに…
「もしかしてそれ、加藤清正のことやないか?
お嬢ちゃん、清正と何やあるんか?」
「ち、違います…!その人のことじゃありません…!」
「でも徳川、石田ときて清正っちゅーたら、
あの清正しかおらへんねん」
開いた口が塞がらず、舞はどう逃れるかを思案した。
「(隼人君早く帰ってきて…)」
そう思った矢先に誰かがこちらに向かってくる。
「隼人君?」
しかし違った。男の従者の者だった。
すると男は従者達に指示をする。
「この娘を連れていく」
「はっ」
従者達は数人がかりで舞を取り囲み腕を掴む。
「ええ!?ちょっと…ま、待って…」
舞はこの時代に来た時と同じような展開に動揺する。
学習しないうっかり屋な自分を恨んだ。
「話を聞いて下さい…」
「話なら陣所でしっかり聞いたげる」
男の顔は笑っていたが見開いた目は笑っていない。
「貴方は誰なんですか!」
小西行長
「そんな…っ」
先程隼人に言われた、特に気をつけるべき人物の名だった…
「(最悪…)」
隼人はまだ戻ってこない。
このままどうなるのかと、舞は目を泳がせながら小西行長らを見た。
行長は舞の方へ振り向く。
「素直に話してくれればええんや。
事の次第によっては解放出来ひんかもしらんが」
舞は背筋がゾッとした。
清正の時とは違う恐怖を感じ取った。