タイムスリップ物語 48

10月6日、昼過ぎのことだった。
福島正則隊と、浅野幸長隊が、東軍を裏切った。
初め、この二部隊は敵方に向かって突撃したため、
黒田長政を除く部隊はてっきり攻撃をしかけにいったものだと
勘違いした。
どうにもそうでないらしいと思った時には遅かった。
追撃をかけたが、間に合わなかった。
福島隊は黒田隊の攻撃により少し被害が出たが、戦闘開始時の
兵力を維持したまま逃げることができた。
浅野隊も損害は少ない。
大坂方も、最初は東軍の突撃だと思い迎撃したが、正則が
自軍の兵士達に、
「我らはこれより大坂方にお味方致す!」
と大声で叫ばせながら向かってきたため、すぐに攻撃をやめた。

三成は、大坂城のすぐ近くの外で東軍の諸部隊と交戦中だった。
東軍としては、この第二次戦を起こした三成さえ倒す、または
捕縛すれば良かったため、関ヶ原の時と同じように石田隊に殺到した。
そこへ、予期せぬ部隊からの援護は入ったのだ。
それが、福島正則の部隊だった。
石田隊に攻撃していた部隊は味方であったはずの福島隊の横槍により混乱し、
勢いが弱まった。
三成は同士討ちでも起こったのかという様子で立ち上がって
手前の戦場を見渡したが、先程の宗茂の言葉を思いだし、ハッとした。
「まさか…正則が…?」
三成の予感は的中した。
三成のもとに、その人物が堂々と姿を現した。
「!!」
黒鹿毛の馬に跨り、水牛の兜を被り甲冑を纏うその人物こそが福島正則であった。
「正則…!」
三成の陣中の者は警戒して槍を正則に向けたが、正則は気にせず下馬し
武器を捨て、三成のもとに歩み寄った。
正則に敵意がないことが分かり、三成も胸を撫でおろした。
正則は、固く口を閉ざして三成を直視しなかったが、
次の瞬間正則は大声でこう言った。
「豊臣を悪用せんとする三成憎しと動いた福島左衛門太夫正則で
あったが、俺はどうにも騙されていたようだ!」
「正則…」
「徳川内府殿の裏の本音など、馬鹿な俺には測り兼ねる!
そして三成、てめえの真意も分かったもんじゃねえ!
ただ俺は…豊臣家を守りたい。
だから今は大坂方にお味方致す。それでもし、三成も
天下狙ってるとしたら、そん時はてめえも俺が倒す!」
「…滅茶苦茶だな」
三成は苦笑した。正則の言葉ではまとまりがないが、つまり、
豊臣を脅かす存在は、この正則がその場その場で片っ端から
潰していくと言いたいのだろう。
もちろん、三成からすれば、潰されるべきは徳川ただ一人。
「俺は豊臣家を守るために、天下を狙う家康と、こうして、
ずっと戦ってきてるんだ」
「やっぱ…内府殿は天下を?」
「まだ気づかないのか?」
「……」
「だが、やはりお前の存在は大きいな。
豊臣の大いなる力となろう。これから頼むぞ」
三成は照れくさそうに笑ってみせた。
正則もつられて笑った。
「俺、まだやり直せるかな。
まるで豊臣に敵意を向けちまったようで、すげー申し訳ないわ」
「遅くはない。これから挽回すればいい。豊臣は…無事だ」
それから程なくして浅野幸長も駆けつけてきた。
三成はいっそう励まされた。
「俺もまだ、捨てたものではないだろう?なぁ…」
三成は天高く手をかざした。

それからしばらく戦は長引いた。


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10月10日、夜。肥後国隈本城。
加藤清正は結と隼人と小西行長を別々の牢屋に入れた。
特に未来から来てさほど経っていない女子の結を投獄するのは
少し気の毒に思ったが、城主としてのけじめはつけねばなるまい。
清正はその日の夜、まず結に会った。
暗い檻の中で、結は蹲っていた。
清正はそっと声をかけた。
「結」
結は埋めていた顔を上げて、松明の明かりからぼんやりと見える
清正の姿を確認した。
「………」
「正直に話してほしい。これまでの経緯を順を追って」
「経緯…」
「案ずるな。お前への処置は軽く済むように尽力してやる。
元々お前を最初に保護したのも俺だから、多少の責任はある」
「私だけ…?隼人君や、小西さんはどうなるの…?」
清正の表情がわずかに歪んだ。
「……」
「答えてください」
「…隼人の処置は、俺が決めるところではない。徳川殿が決めることだ」
「……じゃあ、小西さんは?」
「それも、最終的な決断は徳川殿に委任される」
「そんなの嫌です…私、そうなってほしくなくて、みんなが
傷つかなくて済むような未来に、変えようと…」
「大それたことをしたな…とにかく、まずはこうなった経緯を
話してほしい」
それから結は、清正とあの日別れた後のことをつらづらと述べた。
隼人と共に江戸へ行き、そこで東軍の諸大名と出会ったこと。
それから再び大坂に戻る際、西軍の諸大名にも出会ったこと。
いろんな人と会って話して、結の気持ちが分かったこと。
三成が言った理想の世の中にしてみたいという気持ち。
関ヶ原の戦いで西軍は負けたけど、このままじゃいけない気がしたこと。
全部、清正に思いをぶつけた。
清正は時々、頷いたり、目を細めたり、目を丸くしたりと、
結の言葉一つ一つに反応を示した。
未来からやってきた少女の、大冒険を耳にして、
興味深いと思いつつ、歴史を変えようとするその姿に少しの警戒心を抱いた。
それでも、彼女の純粋な思いを受け止めようとした。
一通り話終えたのを見て、清正は立ち上がる。
「清正さん…?」
「隼人や小西とも話がしたい。俺が直々に聞かねば気がすまんでな」
「……」
「また明日、ここに来る」
そう言って清正は立ち去った。
結は疲労が溜まっていて、横に寝そべった。

次に清正は隼人に会った。
隼人も結と同じように、より丁寧に説明をした。
やはりこれも結の話す内容と似通っていた。
全てを吐いてから隼人は、土下座をして清正に頼み込んだ。
「お願いします。俺の身はどうなっても構いません。
ただ、結のことは…許してやってください…」
「十分に配慮する。お前のことも」
「…!」

最後に清正は行長に会った。
清正は先程とは一変した険しい表情で行長の檻の前に腰を下ろした。
「おい」
檻の中からの応答はない。
「小西、まさか寝たわけではあるまい」
明かりを檻に向けようとしたその時、
「?!」
檻の中から勢いよく白い手が伸び清正は胸ぐらを掴まれ引っ張られた。
そうだ、どうせ手負いの身では何も出来まいと思い、行長には
首枷も手枷も施されていなかったのが油断だった。
清正は、引っ張られた勢いで顔を檻の格子にぶつけた。
「っ!」
何をする、と言おうと思ったが言えなかった。
檻の中から伸びる手の先に、確かに小西行長はいた。
「間抜けやなぁ」
そう、言われた。
「貴様っ…!」
未だ掴まれている胸ぐらを力づくで離した。
すると腕も闇の中へ素早く引っ込んだ。
清正も今度は警戒して、檻から少し離れて呼びかけた。
「何か言え、馬鹿」
すると檻の中から流暢な異国の言葉が聞こえてきた。
「…何?」
清正が聞き返すと、檻の中の行長は軽快に答えた。
「『汝の隣人を愛せ』聖書の中にある言葉の一つや」
「……」
「…ここに来る前、三成はんにも言われた。現実から逃げるなと」
「……」
「あれがこの言葉を指し示すのかどうかは知らん。せやけど、
現実と対峙した時、清正……アンタがどうしても欠かせへんねん」
「…奇遇だな。俺も、貴様の存在を記憶の片隅から消し去れない」
「へぇ?嬉しいこと言うてくれるなぁ」
「最悪だ」
「…僕も、アンタと一緒や。でも今ここで、向き合わんかったら、
僕もアンタも後悔するかもしれへん」
行長は自ら檻の格子側に近寄った。
清正にも、ようやく相手の姿が見て取れた。



「————仲直り、しよか」




不意に出てきた言葉に、清正は唖然とした。
「は…?何言って…」
「アンタもよう分かっとるんやろ?このまま行くとどうなるか…」
「……」
「徳川はんは絶対、豊臣を滅ぼすで」
「!」
「分からんの?あんな露骨に野心ほのめかしとんのに」
「黙れ」
「ああ、せや…豊臣なんて、もうどうでもええんやったね…」
「戯言を!」
今度は清正が行長の胸ぐらを掴んだ。
行長は動じない。
「…ホンマに守りたいんやったら、ここでのんびりしとる暇はないで。
きっと、三成はんは今頃大坂城で東軍と戦っとる。
豊臣家を、守るためにな」
「…っならば、貴様は俺に会うためにここへ来たとでも?」
「……宇土が心配やったのもあるし、ただ遠くへ逃げたかったっちゅうのもある。
何より、あのお嬢ちゃんが僕に生きろと言うた。
それで、生きてみよかと、思ったんや…!」
「無様だな…挙句の果てはこのザマだ」
「せや!アンタが改まらん限り、僕はこのまま死ぬし、
アンタもいろいろと後悔するできっと!」
「…!」
「ええんやな…秀頼様がどうなっても…僕、知らんよ」
「……」
胸ぐらを掴む清正の力が緩んだ。
清正には何となく分かった。
結や隼人が、三成や行長を守ったことで歴史が変わっていってることに…
きっと、結と出会わなければこうはならなかったのだと…

「俺は…どうすればいい……?」
清正は自分に問いかけた。
今もこの九州では、味方の黒田如水が各地の西軍の居城を攻め立てている。
この状況から、自分に何ができるのか、考えてみた。
清正はスっと立ち上がり、地下牢の門番に何か話しかけた。
門番は行長の檻の前まで行き、ゆっくりとその扉を開けた。
「!」
行長はハッとした。



「出てこいよ。変な真似でもしたら斬るからな」

「へぇ……案外早く出してくれるもんやねぇ…」