タイムスリップ物語 47

10月4日、家康は東軍諸将に大坂城への進軍命令を下した。

その報せを受けた三成の元に、新たな助っ人が馳せ参じた。
立花宗茂である。
立花宗茂は、石田方に属する九州の大名の一人だ。
彼は関ヶ原の戦いには参加しておらず、東軍の城・大津城を攻めていた。
しかし関ヶ原での西軍敗戦を聞くやいなや、大坂城に引き返し、
城に籠もって東軍と徹底抗戦することを毛利輝元に何度も進言していた。
しかし、毛利輝元がなかなか首を縦に振らなかったため、
一旦大坂城を出て自領の柳川に戻ろうとした。
そこで、関ヶ原より撤退してきた島津義弘と偶然にも
出会い、共に九州まで引き上げようとしていたところ、
石田三成大坂城に戻ってきたという噂を引き上げ中に耳にして
立花隊のみが大坂に再び駆け戻って来た次第である。
宗茂は優秀な武将だった。
秀吉生前の九州征伐朝鮮出兵でも大活躍をした。
そんな宗茂の登場に、三成は素直に喜んだ。
「立花殿…まさかここでお会いできるとは」
宗茂は爽やかに笑って三成の手を強く握った。
「私は戦えます。毛利殿は私の説得に応じませんでしたが、
やはり石田殿の説得となると重い腰を上げたようですね。
これでようやく、東軍本隊に一泡吹かせてやれる」
宗茂は意気揚々としている。
三成にとっても大変心強い味方だった。
しかし、結局戦をせざるを得ないということは心残りであった。
家康が、先日わざわざ自分と対談しに来た理由が分からない。
三成は戦をやめさせるためだったが、家康は、あれは元から戦を
するつもりであったのだ。ならば、対談に家康側から応じる必要など
なかったわけだ。
つくづく、家康はいやらしい男だと三成は思っていた。
大坂方は守りを固めつつ、精鋭部隊の進撃の準備をした。

一方東軍は、5日夕方、大坂城を囲むように諸隊で陣を敷いた。
ここで早速酒に入り浸っていたのが福島正則だ。
正則の心は、とても荒れていた。
そして何度も何度も、こう呟いていた。
「俺は騙された…東軍に利は残れど、義が残らねえ…
俺はこれから、豊臣家と、戦わなくちゃならねえのか…?」
正則の様子を心配してやって来た黒田長政がこう励ます。
「いや、お前の敵は石田三成だ。三成は大坂城に籠って、
秀頼様を盾にしているに過ぎない。そうだろ?」
「違う違う違う違う!!!
相手は三成かも知れんが、故太閤様の残した城と、秀頼様に
俺ぁ手は出せん!!そぎゃーなことも分からんのか!!」
こうなった正則を止める手段はない。
長政は、やむを得ず黙って出て行った。

だが、正則の言う通りなのだ。
東軍につけば利があると言って正則を東軍につけたのは
この黒田長政である。
再びこのことを家康に相談すると、家康はこう言った。
「明日にも石田三成毛利輝元らと戦を交えるつもりだが、
その際、甲斐殿(黒田長政)には正則の部隊のすぐ脇に付き添って
いてもらいたい。万が一に、備えてな…」
「もし、正則が裏切るようなことあらば、この長政に、
処置を任せるということですか」
「そういうことになるかの。…それと、加藤嘉明浅野幸長にも
警戒を怠らぬよう…あやつらは、正則同様豊臣家への思い入れが
強い。頼めますかの」
流石に長政一人に任せるのは荷が重い。だから
裏切る可能性が低い他の大名の協力も得た。

長政が去った後、家康は前方にそびえたつ大坂城を一望した。
いつ見ても、豪華絢爛、堅固で、巨大な城である。
家康としても、秀頼に直接手を出すわけにはいかぬ。
本来の目的と違えてしまったら、正則どころか多くの豊臣恩顧たる
東軍諸将が自分のもとから離反するだろう。
あくまでも、城から三成や輝元を引きずり出して叩くのみだ。
そのために家康は、大坂城内の淀殿の協力を得ねばなるまいと
思った。内側から三成達を追い出してくれればスムーズに事が進む。
さっそく、筆と硯を取り出して、直筆で書き始めた。

6日、戦が始まった。
三成は、秀頼を出陣させるため秀頼のもとへ参ったが、
一度淀殿からの承諾を得たはずなのに秀頼は三成の前に現れなかった。
「何故ですか」
三成は秀頼の代わりに応対した淀の方を問い詰める。
淀の方は、やはり秀頼を出すわけにはいかぬと言い切った。
「そんな、今更…っ」
実は昨日の夜、家康からの文が淀の方のもとに届いたのだ。
その内容の一部に、秀頼を絶対城から出さないことや、
三成や輝元を何とかして城外に出すことを要求されていた。
そうすれば秀頼や淀の方含む豊臣家の無事を保障するということだ。
戦禍に巻き込まれることだけはまっぴらごめんな淀の方は
この家康の言葉の先にある真意を察することができなかった。
淀の方は、三成を敵と見なすつもりはないが、助力せず、
家康ともこっそり内通するようなカタチとなった。
「秀頼の出馬なくとも、豊臣を守りきってみせなさい」
「……!」
「それこそ、真の忠臣ではございませぬか」
淀の方はそれ以上の会話に応じなかった。
三成は退室して、壁を拳で思い切り叩いた。
思い通りにならないことばかりで、嫌気が差していたのだ。
そこへ立花宗茂が現れ、三成を慰めた。
三成はうつむいたまま、こう言った。
「俺にもっと実力と人望があれば、こうはならなかっただろうか…」
「多少違った結果が残るかもしれません。ですが、そんな貴方に
ついてきた仲間がいることも忘れずに」
「……」
「良い情報が手に入りました。東軍の、福島正則に動揺が見られます」
「…正則が?」
「ええ。もしかしたら、貴方のもとに、戻ってくるかもしれませんね」
「それはない」
「どうして?」
「正則は…俺を憎んでいる」
「確かに貴方と福島殿は仲が悪い。ですが、守りたいものは同じはず」
「……」
「彼も気づいたのでしょう。このまま東軍に居続けたら、何が残るか」
宗茂はいつだって前向きだった。
その目に、恐れや不安はない。
三成は不意にハハハと笑い出した。
「石田殿…?」
三成の目に、希望の光が戻った。

戦は既に始まっている。
下で、毛利輝元が出陣の用意をしている。
そもそもの戦を起こした三成にも責任はある。
三成は兜の緒を締めた。
「行こう」
己と最後まで戦ってくれる、仲間に敬意を込めて。



一方東軍側でやはり戦意がないのは福島正則の部隊だった。
ろくに兵を出さずに様子を伺っていた。
午前中に戦が始まったが、正則の動きに変化が見られたのは
正午のことだった。
正則は、家臣の一人である足立保茂という者に向かってこう言った。
「俺ぁ、初心にかえろうと思う」
この言葉の意味を、足立保茂は少し間を置いてから理解した。
ハッとして、正則を仰ぐ。
正則は真剣な眼差しで大坂城を見ていた。
「殿、それはつまり…」
「俺の主は、豊臣家だた一つ。今からでも、遅くねーよな…?」
「!」
「へへ、決まりだな…」
正則は立ち上がり、馬に跨った。
片手に持った槍を掲げて、こう言う。
「我らはこれより、大坂方にお味方致す!!
忘るるなかれ、主家は豊臣じゃあ!!」
突如、福島隊から鬨の声が上がった。
福島隊の大半が、気持ちを正則と共有していたらしい。
主家たる豊臣の城と対峙することに、疑問を持つ者が多くいた。
正則の東軍離反に、反対する者は少なかった。
すぐさま福島隊の寝返りを感知した黒田長政
出陣していない残りの部隊に命令を下した。
福島正則の部隊が大坂方に寝返った!情けはいらん、
福島隊を攻め立てろ!!」
黒田隊は、福島隊に攻めかかった。
「正則…」


正則の裏切りに気づいた加藤嘉明浅野幸長の部隊も
それに少なからず反応した。
幸長は、すぐ隣に陣取っていた嘉明の陣へ赴き、嘉明を説得した。
「嘉明さん、私達も、正則さんの後に続きましょうぞ!」
嘉明は首を横に振った。
「俺は、家を守りたい」
「だから豊臣家に馳せ参じようと申し上げておるのです!」
「違う。加藤家のために、俺はここに残る」
「……!」
「主君の首尾一貫しない判断で、お家と家臣達を
路頭に迷わすわけにはいかない」
「で、でも…」
「これは…俺の意志だ。市松のやったことを、批判はしない。
よく考えてから、お前も、やりたいようにすればいい……」
「……」
嘉明の言うことは最もである。
自分達大名の判断に運命を任せる人が大勢いることを忘れてはならない。
嘉明はそれが言いたかったのだ。

幸長は、自陣でよく考えてから、決めた。



「私も、正則さんに続きます!」