タイムスリップ物語 46

時は遡って10月2日…
三成は家康と対談していた(前回の続き)

「…で、石田殿の真意は?」
家康は、三成が大坂で再挙するつもりであったと確信している。
家康本心としても、三成をこのままにしておきたくはなかった。
三成は確かに、大坂で再挙するつもりでいた。
だが、それはこの交渉が失敗した時の最終手段である。
何としても、ここを引き下がるわけにはいかない。
三成は逆を突いてみた。
「では、逆にお尋ねしますが、貴殿は天下を狙っておるのでは
ありませぬか?」
「ほう…?何故そう思われる」
「秀吉様亡き後からの貴殿の行動の数々を挙げていったらキリがない。
秀吉様の遺言で禁じられていた大名家同士の婚姻関係を勝手に結び、
加藤清正福島正則との関係を深め、先の関ヶ原の戦においても
多くの豊臣恩顧の武将を味方につけた。また、私の謹慎中に
前田家に対し一方的な難癖を押し付け、
芳春院様(利家の妻、利長の母)を人質に取り、前田家を支配下
組み込む。更に秀頼様の名のもと諸大名を加増させる。
これらの件はどう見ても、天下取りのための礎を築いている
ようにしか見えません」
すると家康は皮肉な笑みを浮かべながら問い返す。
「しかし、此度の戦を起こす契機を作ったのは石田殿でござろう?
会津の上杉氏と、前もって密約を交わし、儂らを
挟み撃ちにするつもりではございませんでしたかな」
「それは…」
「なんとも都合の良すぎる話ではござらぬか。
おそらく石田殿は、幼稚な言葉で言うと、
我々と仲直りがしたいのでござろう?」
家康の目に不気味な光が宿った。
家康の言う通り、三成はもう戦をしたくない。
皆で手を取り合って、もう一度、関係を築き直したかった。
だがそれは、戦に勝った家康からしてみれば、
三成にとって都合の良い話だった。
これでは何のために戦って勝利を収めたか分からぬ。
特に、徳川家の人間にとっては損しか残らないだろう。
家康はここで三成を潰しておきたかった。
家康は言う。
「ここで、石田殿は戦の責任を取るべきではござらぬか。
戦に負けた武士は、潔く死ぬのが道理でござろう?
まぁ、石田殿の場合は自害するつもりもなさそうですが」
「死ぬのが道理とは限りますまい。生きて、罪を償い、
壊れたものを修復することもこの先の時代に必要ではないでしょうか」
「ほう?これはまた、変わった価値観を述べられる」
家康は立ち上がった。
「ですがのう、このままでは我々も納得がいかぬ。
やはり、戦にて決着をつけようではござらぬか」
「待たれよ!」
三成も勢いよく立ち上がる。
家康の袖を掴もうとしたが、家康は振り払った。
「往生際が悪いですぞ、石田殿」
「もし俺が関ヶ原で勝っていれば、貴殿を含む全ての東軍諸将に
死を迫ったりはしない!」
「……」
「何故ならば、俺はまだ間に合うと思っているからだ!」
「……もう、遅い」
「!」
「聞き飽きましたぞ。そんなに諦め切れぬのでしたら、
今度こそ、儂らとの戦に勝ってその意志の強さを証明なされ」
「これ以上の犠牲は無意味だと思わないのか!」
三成は声を上げた。だが、家康は振り向くことなく、本多忠勝と共に
城を出ていった。
三成は呆然と立ち尽くした。
部屋の外で話を聞いていたのだろう、毛利輝元が三成のもとに
近寄った。
「治部殿…」
三成は、力の抜けた声でこう呟く。
「吉継も、左近も、俺のために死んだのだ。
このままでは、申し訳が立たぬ」
「………」




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10月10日、宇土城近辺まで結の一行は行長のために
清正に会いに行くことになった。
結と隼人が、立ち上がる。
「小西さん、待っててくださいね」
「ん…」
行長は木陰の奥に隠れた。
「隼人君、清正さんはどこにいるのかな」
隼人は指を差しながら言った。
「あそこに見える陣幕…きっとあれが加藤軍の本陣だ。
だが、のこのこと出て行って加藤殿に会う前に斬られたりでも
したら意味がない。気をつけろ」
「うん」
隼人は結の手を握って迂回しながら本陣へ近づいた。
宇土城では激しい攻防が行われている。
そこらで血を流した兵がいっぱい倒れているのだ。
結は隼人の手をしっかりと握った。恐ろしい。
この手を離したら、戦場に巻き込まれてしまいそうで恐かった。
やっと本陣の目の前まで来た。
本陣の周りを囲む兵士が二人の存在に気づき、追い払うように
こちらに向かって槍を振った。
「ここは戦場ぞ!民は直ちに立ち去るべし!」
これに対し隼人も大声で申し出た。
「加藤様に大事な話を持って参りました!お目通り願いたい!」
「何?!さては徳川からの使者か!」
この言葉は隼人にとって皮肉なものであった。
「…そうだ!!今すぐお取次ぎ願う!」
兵士は待っておれと言い残し、陣幕の中へ入っていった。
そしてすぐに外へ出てきて、入れ!と手招きをした。
「…結、行くぞ」
「……うん」
二人は本陣の中に足を踏み入れた。

本陣の中には、側近と思われる家臣が数名と、小姓が一名。
そしてその中央より少し奥に、椅子が置かれ、そこに甲冑を
身に纏った人物、加藤清正が座っていた。
清正は使者が結と隼人であることを知って顔色を変えた。
ちなみに清正はまだ関ヶ原の戦いの勝敗を聞いていた。
しかし、宇土城の攻略に手間がかかっていたのだ。
清正はてっきり、結が江戸の地で、未来に帰るための何の手がかりも
得られず、再び隼人の付き添いで自分のもとまで頼ってきたのかと
思い込んだ。ここに来るまで、戦に巻き込まれなかったか?と、
聞こうとした。だが、清正の労いの気持ちは次の隼人の言葉で
裏切られることとなる。


「ここに、小西摂津守行長殿をお連れしました」


隼人のその一言で、本陣の中にいた清正含む全員が固まった。皆、何を言っているのかというふうな顔をしている。
清正はすぐ正気を取り戻して鋭い目つきで隼人にではなく、
結に向けて聞き返した。
「どういうことだ」
先程までの態度とは一変した。
結は、一瞬凍りついたが隼人の目配せに気づいて勇気を出した。
「西軍の、石田三成さん達と、東軍の、徳川家康さん達が
関ヶ原で戦いました。西軍が負けました。
でも石田さんは大坂で、もう一度起ち上がると言いました。
そして小西行長さんは、今、清正さんとの面会を求めています。
だから、小西さんに会って、話をしてくれませんか?」
清正は結が言い終わる前に立ち上がり、こちらに歩み寄った。
甲冑を着た清正はいっそう大柄に見えた。
咄嗟に、隼人が結の前に腕を伸ばして守るような態勢をとった。
清正は立ち止まり、少し怯えた結の顔を落ち着いた眼差しで見下ろしてから、
隼人に視線を移した。
「…確か、隼人と申したな。……徳川の家臣であるお前が、
何故、敵である、しかも敗将の小西をここまで連れてきた?」
先程の結の発言から、これは徳川家康の命令でないことは
清正にもすぐ分かった。
どう考えても、戦に負けて戦場から逃げたであろう行長を、
結と隼人が守ってここまで連れてきたとみるしかない。
隼人も真剣な眼差しで答えた。
「行動は俺の独断です。俺と結は、
皆さんに、一からやり直していただきたいのです」
「ふざけているのか」
清正は間髪入れずに言った。
「お前のやった行為は、紛れもない、徳川家への裏切り行為だ。
敗将たる小西を意図的に逃がしたことも大罪だ。
今更敗将の小西などと話し合って、俺にどうしろと言うのだ。
そんなに俺に奴を殺させたいのか。
それとも…まさか、これはお前の提案なのか?」
結を見つめる清正の目は、静かな怒りと悲しみを露わにしていた。
「清正さん、お願い…小西さんを助けて…」
結は震えながら訴えた。清正がこの時ばかりは恐かった。
初めて出会った時とはまた違う、恐怖を感じたのだ。
清正は目を細めて、隼人に尋ねた。
「小西はどこにいる」
隼人は苦い表情をした。
しかし、ここで黙り込んでも清正達は小西を探すだろう。
それに…まだ、諦めてはいなかった。
「小西殿は、あちらの雑木林の茂みにおられます」
すると直ちに、清正は数十名の兵士に小西を探させた。
それだけでは終わらない。
清正は、結と隼人も捕らえるよう家臣に命じた。
結が抵抗しようとしたが、隼人が言い聞かせた。
「今は、されるがままにされるしかない」
「そんな…」
「大丈夫だ。加藤殿ならまだ俺達を殺さないだろう」
結は再び椅子に座り込んだ清正を見た。
清正はもう視線を合わせてくれない。
静かに、下を向いて、黙り込んでいる。
「清正さん…っ」
それから結と隼人はよそへ連れて行かれた。
正確に言うと、清正の居城・熊本城だ。

清正は、結と隼人が外に連れて行かれたのを確認してから、
傍に控えていた重臣の庄林一心(加藤三傑の一人)にこう命じた。
「一旦、城攻めを中止しろ」
「え?良いのでございまするか」
「良い。その代わり宇土城に籠っている連中に、
小西行長の帰還と捕縛を伝えろ。
行長の身は、しばしこの清正が預かる故、無駄な抵抗はせず、
城で大人しくこちらの沙汰を待っておれ…とな。
流石に城の主人が人質に取られておれば向こうは何もできまい」
「心得ました」
一心は本陣を出て行った。

戦場が静かになってから間もなく、
ここに捕らえられた行長が連れられてきた。
確かに、小西行長その人だった。
清正は睨んだが、行長は口元を釣り上げて笑い返した。
「その様子じゃ、あの子達失敗したんやな…」
「貴様が二人をたぶらかしたんだろう」
「そう見えるん?」
「…貴様は城の地下牢に閉じ込めておく。
俺としては今すぐ貴様を殺してやりたいところだが、
徳川殿にもこのことを知らせねばなるまい。
生き恥を晒しおって…」
「ふん。豊臣に仇を為す裏切り者に言われとうないわ」
「…っ!」
「僕のことはともかく、あの子達に悪気はないで」
「……」
「あのお嬢ちゃん…戦に負けて逃げて
半ば諦めとった僕にな、こう言うてくれたんよ。
『清正なら分かってくれる』と」
「……」
「清正と話し合うて、仲直りしてくれとも言うた」
「愚かなことを…」
「確かに愚かやなぁ。僕も、アンタと仲直りなんか、
考えただけでも反吐が出る」
「…余程死に急いでいるようだな、貴様」
「ま、清正とまともに話し合うなんて多分無理やと思っとったし?
僕を殺したくば殺せ。アンタに殺されるんなら、しゃあないわ」
「貴様の話は後でゆっくり聞いてやる。少し黙ってろ」
「そう?…あ、後な…宇土城の者は皆許したってや」
「そのつもりだ。無駄な抵抗をせねばの話だがな」
「……」
行長は早く牢屋に連れて行けといった風に、口を閉ざした。
清正も、何も言わなかった。
だが、彼もこのままで終わらせる気はなかった。
徳川に報せて、今後についての沙汰が下りる前に、清正は、
行長はもちろんのこと、結や隼人と話さねばならぬと思っていた。