タイムスリップ物語 2

「お前、どこへ行くつもりだ?」

まるで侍のような出で立ちをした男に話しかけられて
舞はたじろぎながら返答する。
「ちょっと、大阪城まで…」
「何、大坂城に?」
長身の男は眉を潜めて言い返す。
「お前みたいな怪し気な女子が入って良い場所ではない。
それとも何だ、お前は城中の侍女か何かか」
「え…?」
舞には話の内容が全く分からなかった。
会話が成り立ってないというか、矛盾しているというか…
相手が何を喋っているのか理解できなかった。
どう言えばいいのかと困りあぐねていると、男は言った。
「ますます怪しいな。その身なりといい言動といい…
ここで追及するもの何だ、ひとまず俺の屋敷まで来い」
「え?ちょ、ちょっと…何?!」
男の背後にいた数名の部下みたいな人達に
腕を掴まれそのまま無理やり連行された。
「はっ、離して下さい!私、怪しい者なんかじゃ
ありません!何も悪いことしてないのに…!」
舞は喚いたが、男たちの腕を掴む力が強くてろくに抵抗もできない。
もしかしたらこのまま恐ろしい目に遭うのではないか…
そう思うと、不安で目に涙が溜まるのであった。


舞は男の言う屋敷とやらに連れて行かれた。
その屋敷は本当に時代劇で出てくるセットのような建物で、
田舎にある祖父母の家よりもずっと古めかしい。
そこで結は庭に正座させられた。
二人の監視役の男に囲まれてからすぐ、
少しカジュアルな着物に着替え直した先程の大きな男が
現れて手前の縁側に腰を下ろした。
男は舞をじっと見た。
舞は孤独と恐怖にさいなまれて頭を垂れて泣いていた。
少し気の毒に思えたのか、男は声音を和らげて訊きだした。
「乱暴なことをするつもりはない。
俺の質問に素直に答えてくれれば良いのだ」
舞は返事もせず項垂れている。
「俺がお前を引き止めたのは、その、お前が…
変わった身なりをしていたからだ。お前は、南蛮人なのか?」
「……南蛮人って…何ですか…?」
舞は面を上げた。涙をグッとこらえて答える。
南蛮人を知らぬか。まぁ、あれだ…異国の…者のことだ」
「外国人?違います…生まれも育ちも日本です…日本人です」
「名前は?」
「相原…舞です」
「では、その着物は何だ。南蛮衣装であろう?」
「それは、私が聞きたいことです…
どうして、周りは、和服を着た人たちばかりなんですか?」
「…どういう意味だ」
「だ、だって…イマドキ和服で街中をうろついてる人なんか
いないじゃないですか!貴方がたの方が、よっぽど…」
そこまで言いかけて、舞は口ごもった。

そうだ、考えたくもないが、
ここはもしかしたら現代の世界ではないのかもしれない…

と、最悪かつありえない状況を想定してみた。
いや、それしか考えられない。何かのテレビ番組の
ドッキリにしては度が過ぎている。
「(だとしたら私…過去に来ちゃったんじゃ…)」
どう見てもここは過去だと考えるしかなかった。
しかも昭和どころではない。言うなれば戦国時代か江戸時代だ。
歴史にはあまり興味がないので、その辺がはっきりとしないし、
目の前の男たちの見た目が侍っぽくないので余計困惑する。
「(ちょんまげしてない人もいるし髪の色が不自然な人いるし…!)」
そこで舞は逆に質問してみることにした。
何かこの時代のことと結びつく答えが返ってくれば、
せめて何時代なのかは分かるかもしれないと思ったのだ。
「あっあの…!」
「何だ」
「貴方の、お名前は…」
「ああ…そうだな。突然知らない男に絡まれたら、
そりゃあ娘は怖いだろうな」
男は口元を緩めて笑った。
「俺は加藤従五位下主計頭清正だ。
流石にお前みたいな女子でも、名くらい聞いたことがあるだろう」
「???」
「な、何だ。その初耳だとでも言いたげな顔は…!」
「い、いえ!あの……長い…お名前だなぁっと思って…」
「長い?ああそうか。官位のことか。
では改めて、俺は加藤清正だ。今は亡き太閤殿下の
子飼いの将であり、一国の主にまで出世した者にて」
「か、加藤…清正さん?」
舞は必死で頭の中の記憶を探ったがピンと来ない。
何せ歴史は中学校程度の知識しかないし、
今高校でやっている日本史もまだ室町時代にすら
入っていないのだ。
「あのう…太閤、殿下…というのは…」
「それすら知らんのか!豊臣秀吉様と言えば通じるか」
豊臣秀吉!?それなら知ってます!」
「故殿下を気安く呼び捨てにするな!」
「っゴメンなさい!」
すかさず叱られたが、ここでやっと知っている用語が出てきた。
豊臣秀吉といえばまさに戦国時代の代表的歴史人物。
様付けで呼んでいるということは、やはり秀吉は偉い人なんだ。
「あの、その秀吉様は…もう、この国を天下統一したんですか?」
「…お前はどこまで無知なのか、あるいは演じているのか…」
「す、すみませんっ…私、そういうのには結構疎くて…」
「殿下は2年前に亡くなられたのだ。先程殿下は亡くなられたと
言ったはずだが。とうに天下を統一した後に決まっておろうが」
…それが今、崩れ去るやも知れぬという時に…っ」
「はい?」
「…いや、何でもない…」
清正と名乗る男は最後に何かを呟いたが、すぐに誤魔化した。
とにかく、彼が真面目にこういう話をするということは
やはりここは過去の時代なのだろうと判断できた。
そうでなければ自分の話が尽く伝わらないワケがない。
舞は少し今の状況が掴めて安心した。それに、
よく聞いてみれば、この清正って人は悪い人ではないらしい…
心を落ち着かせて、舞は彼の顔をキッと見上げた。

「清正さん。私の事情を聞いていただけませんか」

「どうした急に、怖い顔をして」
清正はちょっと驚いた。
「私が何者で、どうしてこうなったのかその経緯を、
説明させて下さい。多分…信じてもらえないかもしれません。
でも、全て本当なんです…!どうか聞いて下さい」
さっきまでヘナヘナだった少女が急に態度を変えて
しっかりとしてきたので、清正も若干の興味をそそられた。

「ふむ…良かろう。話してみよ、舞」
「!」
少し前に一度名乗っただけだがちゃんと名前を、清正は
覚えている。最初から話をちゃんと聞いてくれていた証拠だ。
舞は意を決して、これまでのことを語るのだった…