タイムスリップ物語 3

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「…ってことなんです」

「うーむ… 」

清正は腕を組んで首を傾げていた。
「やっぱり…嘘っぽいですよね…」
「そうだな」
「でもこれ以外に考えられないんです」
「俺には信じ難い話ばかりだ。なぁ、義太夫
清正は後ろで控えている一家臣に話しかけた。
「そうですな。素晴らしい作り話に聞こえます」
義太夫と呼ばれた家臣は顔色一つ変えずに淡々と述べた。
清正は続ける。
「舞、お前が言うその、“とーきょー”とやらはどこにある」
「東京は…えっと……関東です」
「関東か。では徳川内府のところだな」
「徳川…」
また聞いたことのある名前だ。徳川と言えば徳川家康だと思った。
「それとお前は、大坂城に友人と共に参ったと申すが、
その、未来では誰でも城に入ることが出来るのか?」
「は、はい。今あるお城はほとんどが観光地になってて…」
「観光?タダで見物ができるのか、それは」
「いいえ。お金を払ったら入れるんです」
「そうか。かの信長公が自ら見物料を取って安土城
民衆らに公開したのと同じような仕組みか。
ではお前の時代にも、城主がいるのか?」
「城主?」
「城の主、持ち主だ」
「ああ…そういうのは……管理人さんはいるけど…」
「…そうか。いないんだな」
「はい…」
清正は一瞬表情を鈍らせたがすぐに立ち直り、
「その、未来とやらは平和か?」
と尋ねた。
舞はそこだけは自信を持って答える。
「はい!世界的に見ると、日本はかなり
平和な国だと思います。憲法で戦争を放棄してるので…」
「せんそー?」
「あ、…戦いのことです」
「ほう?戦がないのか…」
清正のみならず周りで聞いている全ての家臣が驚いた。
「それは何よりだな…」
どこか感慨深く頷いた。
「俺達は長年に渡る外征により、身も心も廃れてしもうた。一方
お前たちは生まれた時から戦のない平和な世に慣れているのだな。
道理で、浮かれているところがあると思った」
ちょっと皮肉られたが、舞は大目に見た。
そこへ、もう一人の別の家臣が舞に話しかける。
「未来の日本の天下人は誰だ?!」
「天下人?」
「そうだとも。この時代の天下の主は豊臣だ。お前の時代は?」
「えーっと…それは…」
舞は誰を答えればいいのかよく分からなかった。
国のお偉いさんを答えれば総理大臣か。
それとも国の象徴たる天皇陛下か…
この時代みたいに武士・百姓の身分はないわけだし…
難しい質問に答え兼ねていると、清正が割り入って言う。

「誰でも良い。殺し殺される関係がないのなら、
皆に生きる資格があるということ。それは実に良いことだ」

「(そっか…この時代では、戦って負けた人は
殺されたりしちゃうんだよね…)」
舞がそう思っている間も清正はどこか寂しげであった。
しばらく沈黙が続いたが、義太夫…森本義太夫
沈黙を破る。
「それで、貴女の話しぶりから、害はないのは
大筋分かったが、これからどうする?」
「あ…」
「この時代に貴女の居場所はないのだろう?
だとしたら一人で生きられるのか?」
「え…そんな…」
人殺しも当たり前なこんな時代で頼るアテもなく
まだ状況が呑み込めない中一人で生きて行くなんて、
唐突すぎるし絶対に無理だ。
義太夫の発言にもう一人の家臣が彼につっかかってくる。
「何言ってんだ義太夫!女一人くらい
助けてやってもいいじゃねーか!」
「だが覚兵衛、それでも万が一彼女が石田家かどこぞの
間者だとしたら取り返しがつかない…」
「そんときゃそん時だろ!なぁ、殿」
「ん…敵に隙を与えぬのはこちらの努力次第だしな」
ちなみに覚兵衛というのは飯田覚兵衛(直景)のことである。

「(あれ…?何かまた悪い方向に…)」
そう思いかけた時、また一人の家臣がやってきた。
「殿!徳川からの使者が参っておりまする」
「何、徳川からの」
「お目通り願いたいとのこと…」
「分かった。ここに通せ」
するとすぐに一人の若い男がやってきた。
年は舞と同じくらいだった。
その男は舞を見るなり口をポカンと開けて驚いた顔をしていたが、
すぐに清正の方に向き直って膝をつき、頭を垂れて述べる。
「我が殿、内府様より直々の文を預かって参りました。
そちらのご家老か、奥方様に読んでいただいても
良ろしかったのですが、運良く主計殿がおられましたので…」
「少し用あって京へ参り、大坂でも所用を済まして
その帰りがたここで一泊するつもりだった」
「左様ですか」
「で、内府殿が直々加藤家に何用だ」
「詳細は文をお読み下され」
清正は若者から文を受け取り広げて黙読しだした。
その間若者はチラチラと舞の方を見たが、それで
舞と目が合うたびに目を反らして清正を見上げた。

しばらくして、清正はそっと文をたたみ、義太夫に渡した。
義太夫も文の内容を見て目を丸くし、開けたまま覚兵衛に渡す。
彼も同様に驚いていた。
二人が読んだのを見計らって、内容をあらかじめ知っている
若者は言葉を続ける。
「加藤殿には、豊前黒田如水殿と共に九州徳川方の要となり、
万一に備えていただきたいのです」
「やはり戦を起こすのか」
「内府様は、大掛かりな“博打”を狙っておりまする…」
「……!」


彼らの会話を、舞は訳も分からぬまま聞いていた。
様子からして穏やかでないのは理解しうる。
「…分かった。急ぎ肥後へ戻り、軍備を整えよう」
「はい。西国は石田寄りの大名が多うございますので、
お早めに国許へお戻り下さるのがよろしゅうございましょう」
若者がそう言って礼をし立ち去ろうとした時に、
清正が彼を呼び止めた。
「しばし待たれよ使者殿!そなたに頼みたいことがある」
振り返った若者を確認してから清正は舞を指差す。


「急ぎでなければ、この女子を江戸まで連れて行ってはくれぬか」

「!?」
若者は舞を見た。舞も若者を見た。
どちらも違う理由で驚いていた…