タイムスリップ物語 4

互いに呆気にとられている舞と若者をよそに、清正は提案した。
「この変わり者の娘の故郷が江戸にあるそうなのだが、今は
この通り、関所の監視が厳しくとても女子の身一つでは
恐くて行けないらしい。だが徳川の使者たるそなたならば安心だ。
加藤家の名のもとにどうか娘を江戸まで頼めぬか」
「ちょ、ちょっと待って下さい清正さん!」
舞は慌てて清正の傍まで近づく。
「江戸に行ったって、帰れないかもしれないんですよ?!」
「手がかりもないとは言えまい。行ってみて駄目なら、
また後日大坂に戻るなり俺を頼るなりすれば良い」
「大坂にいちゃ駄目なんですか?」
「もうじきここも危険になる。俺は明日の朝には大坂を出て
国許へ帰るつもりだ。お前は肥後に用はなかろう。
故に危険な大坂にいるよりは、時の実力者・徳川殿の御領地に
身を置く方が安全だと思うた」
「もう清正さんの所にはいられないんですか…?」
「俺に会えなくなるのが寂しいか」
清正は舞の顔を覗き込んだ。
「だって、やっと私のこと知ってる人ができたのに、
またすぐ一人になるなんて…っ」
「それはさぞかし不安だろうな」
だが清正は動じず、今度は若者の方を見て話しかける。
「帰りは急ぎか?」
「いえ…用を果たせば帰りは普段通りに…」
「娘を頼めまいか?この娘は決して怪しい者ではない、むしろ無害だ。
この清正が保証する。ただ、江戸まで同行してくれれば
それで良いのだ。難しい話ではないと思うが」
「……」
若者は考え込んでから決意した。

「…承知しました。それくらいの御用なら、お任せあれ」
そう言って舞のもとへ歩み寄る。
「そういうことだ。俺は斉藤隼人。隼人でいい。
お前にもいろいろ事情があるようだが、悪いようにはしない。
この先は何でも俺を頼ってくれ」
隼人は舞の肩に手を置く。舞は笑うことも泣くこともできない。
ただ呆然と突っ立っているだけだった。

「決まりだな。舞、着替えてくれ」
「…どうして?」
「ここがお前の知っている世界でない限り、お前はこちらの
服装に合わせた方が良いだろう。それに…」
清正は舞の足元に目をやる。
「お前の世界では良かろうが、俺たちの生きる世で
若い娘が人前で脚を晒してうろつくのは破廉恥かつ危険だ」
「破、破廉恥?!」
「明日までには妻に旅用の着物を用意させておく。
使者殿も今晩はここに泊まっていくが良い」
「はっ」
隼人は一礼した。
そして二人は家臣たちに相い隣の部屋を用意してもらった。

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舞は指定された部屋に行くと、先程連行された時に
取り上げられたリュックが置かれていた。
舞は急いでリュックの中を確認する。
「…良かった。幸い何も取られてない」
そう呟くと中からスマホを見つけ出した。
画面を付けるとやはり電波は立っておらず、圏外だ。
「この世界には電線も何もないしね…」
電源をオフにしてから溜息をついた。
一旦建物の中に身を置くところはできたものの、
これから先のことを思うと不安だらけで胸が
押しつぶされそうになる。
最悪自分はこのままこの世界で暮らすのかもしれない…
そう思った時、我慢していた涙が一気に溢れだした。
「京子ちゃんに明里ちゃん…っ
お母さん…お父さん…っ」
みんなの顔を浮かべながら静かに泣いた。
誰にも聞かれないように泣いたつもりだが、隣の部屋には
聞こえてしまったらしい。
隣室にいた隼人がふすまをそっと開けてこちらを伺う。

「泣いてんのか…?」

舞は答えない。
「…悲しいよな。家族に、友達に会えないのってさ」
感傷的になっている舞には彼の言葉が気遣いのない言葉のように
聞こえたのか、気持ちを昂らせてこう言い放つ。
「貴方には何も分からないわ…!私のっ…境遇なんて…!!」
ますます自分が惨めでハンカチがどんどん濡れていく。
隼人はゆっくりこちらに近づいて、
次に舞の驚くようなことを言い出す。
「お前が未来から来た人間だってこと、さっき庭で
お前を初めて見た時に分かったよ」
「え…?」
「その荷物入れ、“リュックサック”だろ?
そんで、それは何だ…携帯電話だったかな?」
隼人の口からありえない言葉がポンポンと出てくるので
舞は涙をとめてしまった。
「どうして知ってるの?」
「知ってる理由は一つしかない…」
「…まさか……貴方も…」
そこまで言いかけて、隼人は舞の口を片手でそっと塞いだ。
「言わなくていい。分かってるから」
「………」
「とにかく困った時は俺を頼りな。できる限りのことはする」
「………」

不思議と舞には安心感があった。