タイムスリップ物語 5

※来月上旬は投稿できそうにないので今のうちに量産中。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「しかし、石田治部少輔が挙兵するというのは真でしょうか…」
舞たちを部屋に行かせた後、加藤屋敷では清正と
その家臣たちとの間で会議が行われた。
先刻の徳川家康からの文の内容を簡略に言うと、こうだ。
石田三成はかねてより越後の上杉と手を組み、北と西から
関東の徳川を一気に挟み撃ちにする計画を企てており、当の
三成は今は様子を見て挙兵の機会を伺っている模様』
清正は悩んでいた。
「三成め…初めから内府殿を討つつもりだったか…」
「治部が挙兵するとなると、当然治部と親しき西国の諸大名も
奴と共に起つでござろうよ…」
飯田覚兵衛は言う。
森本義太夫も顎に手を当てて更に付け加える。
「…大坂には、諸国の大名たちの奥方や御母堂がおられる。
治部が出るとなると、必ず大坂で挙兵するでしょう。
その後、上杉討伐に向かった諸将の奥方たちを、
人質に取るやもしれません」
もし家族を三成に人質に取られれば、徳川家康と共に上杉討伐に
加わっている諸将は敵・石田三成に対し躊躇する。戸惑う。
中から三成に味方する者が現れるかもしれない。
そうなればいっそう徳川方は弱体化する。
三成が狙っているのは、徳川家康だ。
そもそも何故徳川家康をこれほどに敵視しているのかというと、
また長くなるのだが、天下一の実力者・家康は故秀吉に任された
豊臣家を担ぐどころかないがしろにしているのが現実だからだ。
一方で三成は誰よりも豊臣家への忠義があつい。
彼がまだ茶坊主だった頃、若い秀吉に取り立てられて以来、
長らく秀吉の優秀な側近として豊臣に仕えてきた。
私利私欲なく、正直者で、清正達からすればへいくゎい者…
仕事熱心で真っ直ぐな男である。
そんな男だからこそ、亡き秀吉からは豊臣を任されているのに、
その遺志を安々と踏みにじっている徳川が許せなかった。
徳川はいずれ豊臣に致命的害を与えると、三成は思っている。

一方の清正はそうは思っていない。
徳川ほどの実力者は敵に回すのでなく、敢えてその流れに
上手く乗っていくことが大事だと思っていた。
下手に勝負事に賭けるのは危険だと思っていた。
清正は何とかして徳川と豊臣の間を上手く取りなしつつ、良い関係を
保ちたい願っていた。
家康の養女を妻として迎えた理由もそこにある。

「戦だけは避けたかった」

清正は呟いた。
「確かに俺は以前、他の者らと三成を襲撃した。
今思えばあれは軽率な行いであったと少々反省しておる。
だが、三成が大坂で兵を起こし、西国の大名を味方に
つけて天下を巻き込む戦を企むなの事は大きい。
そうなれば全国を巻き込むことになる」
此度の上杉討伐も信じがたいことだったが、
三成が出るとすれば天下分け目の大戦となる。
「内府殿は博打をするつもりだ。向こうも向こうで
本気で三成を潰しにかかるに違いない」
いよいよ嵐の予感である。
「…仕方あるまい。俺も九州で本格的に戦の準備をせねばなるまい。
内府殿に言われた通り、九州に留まって。
アイツとも決着をつける時が来たか…」
会議を終えた後も清正の心の中の鬱積は晴れなかった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

翌朝。
眠りから目を覚ました舞の部屋に数名の女性が入ってきた。
「よく眠れましたか?」
舞に話しかけてきたその女性は美人で若かった。
数少ない女性の存在に落ち着くものがあった。
「あ、はい…実はあまり、眠れませんでした…」
「そうですよね…女子がたった一人、さぞ寂しいことでしょう」
「あの、貴女は…?」
「私は清正の正室…妻のかなです」
「ええ…!清正さんの奥さん?!」
「何ぞ驚くことがありましたか」
「いえ…別に」
清正の妻と名乗るその女性は脇の侍女から何かを受け取る。
「これを、貴女に」
そう言って舞に昨日言っていた旅用の着物を渡した。
「江戸までの道のりは遠いですが、無事に帰れたらいいですね」
「あ、ありがとうございます」
舞は早速着替えを始めた。その途中途中、
かなにいろいろと質問をした。
「あの、とても綺麗でお若いですね…」
「あら嬉しい。今年で18になりますわ」
「18歳?私と歳近いんですね…!」
こんなに若くて美しい人が清正さんのお嫁さんだなんて、
何だか羨ましいなと舞は思った。
「かなさんはどこの人なんですか?」
「私は徳川家康の義理の娘です」
「!!そうなんですか…!」
舞はこの美人さんがあの有名な徳川家康の娘だと聞いただけで、
東京の街中などで有名人の子にでも会った気分になった。
「清正さんは優しいですか?」
「ええ。普段はとても優しくて頼もしい方ですよ」
「へぇ…」
「今回の貴女の件だって、夫は夫なりの精一杯の善意を
尽くしているのですよ。他所の殿方でしたら、今頃貴女は
斬られているかもしれません…」
「そうなんでしょうか…」
「ええ。それに昨晩夫は言っておりましたよ。
貴女のことについていろいろと…」
「何て言ってたんですか?」
「それは秘密ね」
「どうしてですか?」
「私がヤキモチ妬くからですよ」
かなはそう言ってフフと笑った。
舞はそういう方面にはあまり関心がなかったが、
何だかこそばゆい気分になって話題を変えた。

いざ着物をつけてみると、さほど違和感はなかった。
学校では部活で弓道をやっているので、着物を
着ること自体慣れていたせいか。
舞はふと隣室が気になって襖を開けた。
すると隼人は布団を跳ね除けてまだ眠っていた。
舞は隼人を揺すって起こした。
昨日、隼人が自分と同じ境遇であることを仄めかしてから、
舞にとっては一番親近感の湧く人物となっていた。
「隼人君、もう朝だよ。起きて」
「んー…眠い暑い…」
「暑いんだったら早く起きて顔洗いに行こうよ」
こちらの時代も夏だった。
隼人はむっくりと起き上がった。
すぐ横に舞が座っているのに気づき少し後ろに退いた。
「…お、おはよう」
「おはよう」
何気ない会話だが、現代人と同じような会話ができる人の
存在が舞には嬉しかったのだ。