タイムスリップ物語 6

居間へ行くと、もう清正たちは帰国の準備をし終え、
舞たちが来るのを待っていた。
そこには、二人分の朝餉(朝食)が用意されていた。

「来たか」

旅用の着物を纏ってあぐらをかく清正は早速二人を座らせた。
「着物は不自由ないか」
「あ、はい。ぴったりです」
「…似合ってるじゃないか」
「ありがとうございます」
「俺達は間もなく出発する。そちらも準備が整い次第、
この屋敷を発つが良かろう」
「昨日といい、今朝といい、
本当にいろいろありがとうございました」
舞は座礼をした。
「気にするな。もしかしたらこれで今生の別れになるやもしれぬ。
戻れたらいいな、お前の故郷に」
「…はい」
「使者殿も、道中の無事を祈っておるぞ」
「はっ」
清正は更に一言付け足す。
「ああそれと、両人が江戸へ参ったら、上杉討伐へ向かった
俺の友人に出会うかもしれぬ。
その時はしかと俺のことも伝えておけ」
「清正さんのご友人がいらっしゃるんですか?」
「ああ。アイツらとは餓鬼の頃から同じ台所で飯を食ってた仲だ。
今じゃ揃って大名さ。
なに、騒がしい男と無口な男だからすぐ分かる」
「へぇ〜…ちょっぴり楽しみかも…」
この時代のいろんな人と知り合えるチャンスがあるのかと
思うと、やはり会ってみたくなるものだった。
「ささ、朝餉も冷める前に食べてくれ!…では、達者でな」
清正は別れを惜しむ様子もなく、振り向くこともなく
部屋を去って行った。
舞は彼の背中を見送りながら、こう思った。
「(こういう人を、侍って言うんだろうな…)」と。
舞のイメージする侍とは潔く、誇りがある。
本当はいろんな人がいるんだろうけれど、清正は典型的な
武士に相当するのだろうと思った。
「早くご飯食べて今日一日を頑張らなきゃ。今の私には
それしかないもんね…」
舞は両手を合わせて、いただきますをした。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

食事を済ませたのち舞と隼人は屋敷を発った。
隼人は馬でこの屋敷まで来ていたので、城下町を出たら
その馬に舞が乗せてもらえることになっていた。
その城下町を歩いていた時…
舞がふと茶屋を見つけた。
「へぇ〜これがこの時代のお茶屋さん?京都にある老舗の
お茶屋さんとそっくりだね」
舞は興味を持ってそのまま茶屋を覗き込んだ。
「ねぇ、ちょっと寄り道しちゃ駄目?」
舞の言葉に隼人が呆れた。
「帰りが急ぎでないとは言ったが、旅の初っ端から寄り道しても
いいなどとは一言も言ってねーぞ。金がもったいない」
「お金は使わなくてもいいんだけど…」
舞が隼人のもとへ戻ろうとした時に、茶屋の中から
二人の女性が出てきた。
布で顔を覆い隠すように出てきたので、舞が姿勢を変えて
覗き込むと、二人ともたいそう美人なのが一目で分かった。
「綺麗な人…」
思わずそう呟くと、女性達と目が合った。
一人の女性がこちらに向かって歩み寄り、声をかけた。
「変わった荷物入れをお持ちですわね。西洋の物でしょうか」
話しかけてきたその女性は、赤毛の髪で明るそうな人だった。
その人が興味を持ったのは、舞のリュックのようだ。
流石にこればかりは誤魔化すことができず、舞は
そのまま背負って歩いていたのだ。
物珍しそうに見ている赤毛の女性にもう一人の女性が
声をかける。
「マリア…帰りましょう」
「申し訳ありません奥方様。私、珍しい物には目がなくて…」
もう一人の女性もこちらに近寄って舞に話しかける。
「…本当に、見たことのない袋ですこと…」
もう一人の女性はどこか儚く可憐で、オーラに影があった。
「貴女は南蛮と関わったことがおありで?」
「…は、隼人君!南蛮って??」
ポルトガルやスペインなどのヨーロッパだよ」
「あ…!」
舞は思い出した。確か戦国時代、鉄砲伝来とともに
ポルトガル人とかが日本にやってきて、その人たちは確か南蛮人
呼ばれていたと学校で習った気がする。
しかしこの女性たちに事情を話すわけにはいかず、
「詳しいことは、言えないんです…」
と謝った。すると女性は首を横に振って答える。
「いいえ、貴女が謝ることはないわ。突然話しかけて
ゴメンなさい…許して下さいね」
「いえいえ!全然大丈夫ですっ」
舞がそう返事をすると、女性二人はきょとんとして、
それから上品に笑い出した。
「あ、あれ…?私、何か変なこと言いました…?」
困惑する結に、赤毛の女性が突っ込む。
「だって、“全然”なのに“大丈夫”って…矛盾してるもの!」
「そうなの…?」
イマイチよく分かっていない舞に隼人が教える。
「“全然”って言葉は否定の意味だろ?それを肯定の意味の
“大丈夫”と繋げるのは日本語としておかしいだろ」
「そうなんだ…!うわぁ…恥ずかしい…!」
とんだ日本語のミスに気づかされ舞は恥ずかしくなった。
そこへもう一人の女性がこう言う。

「貴女、面白い人ですね」

その女性が本当に楽しそうに微笑んでいるので、
舞は恥ずかしながらも微笑み返した。
女性は続ける。
「私は、細川家の人間なのです」
「細川家…?」
「はい。私は夫からの命令で、普段は屋敷の外に出ることすら
叶いません。ですが今は、丁度夫が会津の上杉討伐のため
遠征しております故、こうして外へ出ることができました。
女方に会えたのも、きっと何かの縁ですね」
「や、屋敷から出られないんですか…?
それって、監禁されてるんじゃ…」
「そうですね…監禁も同然です」
「旦那さんに何も言わないんですか?」
「一時は離別も考えたわ。ですが結局、今に至る…」
この会話を聞いた隼人は驚いて女性に尋ねる。
「まさか貴女は…細川殿のご夫人では?」
「ええ。私は細川忠興の妻でございます」
「ああやっぱり…!たま殿でいらっしゃいましたか」
舞には会話の内容がさっぱり分からなかったが、
とにかくたまと名乗るこの女性が訳アリの身であることは分かった。
それが分かると隼人は懇切丁寧にたまと接する。
「手前は徳川家康の一家臣ですが名乗るほどの者ではございません。
ここ大坂に、近いうち重大な事が起こるやもしれぬとの
噂が立っております。ご注意下され」
「そうですか…わざわざご忠告をどうも」
たまは思案に耽った顔をしている。
そこに赤毛の女性が割り入る。
「ほら、ガラシャ様…?早く帰ろうとおっしゃったのは
貴女の方でしたよ。ささ、帰りましょう」
「ええ…では、さようなら。どうかお元気で…っ」
二人は背を向けて帰って行った。
残された舞と隼人は呆然と立ち尽くしていた。