タイムスリップ物語 7

大坂の城下町の外れまで来て、舞は馬に跨った。
「わぁースゴい!スゴいね隼人君!」
「…スゴいのか?」
舞は乗馬が初めてだったらしく、目を輝かせている。
「ホント、昨日までメソメソ泣いてたのが嘘みたいだな」
隼人のこの些細な一言で、舞の心にまた不安な気持ちが芽生える。
「…あのさ、そういえば、さっき会った女の人…」
「細川夫人のことか」
「うん。どうしてあの人は屋敷の中に閉じ込められてるの?」
「…罪人の娘だからだよ」
「罪人?あの人のご両親が何か悪いことしたの?」
「彼女の父親は明智光秀といってな…」
「!」
聞いたことはある。明智光秀と言えば、本能寺の変を起こして
主君の織田信長を自害に追いやった人…という風に習った。
「…だからって、外に出ちゃいけないの?」
「いや…いけないワケじゃない。ただ、彼女の夫が
そうさせているだけだ」
隼人はこれ以上のことは話したくなさそうだったので、
舞も話題を変えた。

「そうそう…私ね、もっとこの時代のことよく知りたいの。
まず今何年なの?これから何が起ころうとしてるの?
隼人君のことも知っておきたい」
「道中で順番に教えてやる。…だが、
お前自身については、それなりの覚悟をしておいてほしい」
「覚悟…」
「そう簡単に、未来へは戻れやしないってことだ」
「!」
「加藤殿はお前に江戸行きをすすめたが、
俺から言わせてもらうと、可能性はゼロに近い」
「……」
これから舞はいろんなことを教えてもらった。
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まず、ここは西暦でいう1600年であること。
2年前に太閤豊臣秀吉がこの世を去ってからというもの、
家臣団の対立がいっそう深刻になった。
中でも、最大の実力者・徳川家康はついに天下への
野望をあらわにさせた。許可なく他家の大名と縁組を進めた。
当時、家康と互角に近い有力な大名に、前田利家という
織田信長の代から活躍してきた古株大名がいたのだが、
昨年その利家も亡くなってしまった。
利家が亡くなった日の夜…通夜に、
石田三成襲撃事件が起こった。
石田三成は故豊臣秀吉の側近かつ五奉行という立場身分に
あったのだが、天下統一後から秀吉が死ぬまで
長期に渡って行われた朝鮮出兵絡みで、
三成は武断派と呼ばれる大名たちにかなり恨まれていた。
三成は大変不正を嫌う男で、朝鮮へ渡った大名たちの
働きぶりや様子を、ありのままに秀吉に報告していた。
渡航した大名たちにとっては、都合の悪い話もあったワケだ。
秘密にしておいてほしいことも三成は正直に秀吉に告げた。
結果軍功の評価が低くなったり不利益被る大名もいた。
そういった大名たちの多くは、三成の讒言によって不当に
低く評価されたのではないかと疑い、彼とその周囲の者達を恨んだ。
三成は襲撃を逃れ、その頃襲撃した大名達と関係が深まっていた
家康のもとに敢えて飛び込んだが、結局三成は騒ぎを起こした
責任を取って国許の佐和山に謹慎することとなった。
三成は政界から退いた。

それからいろいろあって今年、慶長5年(1600年)の春…
会津の上杉氏に謀反の疑いがあるとの噂が流れた。
家康はこれを糺すために、上杉氏に誓紙の提出と
上洛してからの釈明を要求した。
しかし上杉氏はこれに応じないばかりか、当主上杉景勝の家臣である
直江兼続という男が、戦いの挑戦状に等しい痛烈な返書を
家康にしたためた。これが世に言う有名な『直江状』である。
この書状を見て激怒した家康は、直ちに諸大名へ
上杉討伐の出陣命令を出した。
これが今の段階である。


舞にとっては難しい話だったが、
歴史の勉強をするつもりで隼人の話を真剣に聞いた。
そして彼女なりに質問もする。
「それで…これから大坂に何か起こりそうっていうのは?」
「今、佐和山に謹慎している当の石田三成が、殿…徳川様のいない
隙に大坂へ戻って挙兵するかもしれないってことだ」
徳川家康さんに対して、石田三成さんが戦いを挑むってこと?」
「まだそうと決まったワケじゃないが、そんなところかな」
「今って、西暦の1600年なんだよね?」
「こっちに来て長らく西暦は使ってないが確かそうだ」
「それってもしかして…」
舞は歴史の知識の記憶を辿った。
1600年に、日本史上大きな出来事があった気がする。
隼人が何か悟ったように舞に話しかける。
「お前は未来から来た人間だから、多分、この辺りの歴史とかも
知ってるんだろうけどよ、こっちの時代では、
簡単に人前で知ってる歴史を教えちゃ駄目だぞ」
「うん」
そこで舞はもう一つの疑問が再び生じた。

「あのさ…、ここの時代の人達って、私が知ってる
歴史上の人物たちの見た目とかなり違ってるんだけど…」