タイムスリップ物語 8

「清正さんもそうだったんだけど、この時代の人たちって
普通みんな頭のてっぺんを剃って丁髷にしてるんじゃないの?」

舞の質問に隼人は笑って答えた。
「俺も最初ここに来たときそう思ったよ。
服装以外どう考えても戦国時代じゃねーなって!
でも、ちゃんとそういう髪型してる人もいたりするから不思議だな。
俺やお前が知ってる歴史が間違えてるとも思えないし…
多分、過去は過去でも別の空間に存在する過去なのかもな」
「それって…パラレルワールドみたいなもの?」
「俺たちがいた世界とは別に、もう一つそれと同時に存在する
世界がある。それがこの世界ってことか」
「隼人君はそういうの信じるの?」
「確信はねーけど、そう考えてみるしかないじゃん」
イマイチ納得ピンとこないが、とりあえずそういうことに
しておかないと合点がいかない。

そして斉藤隼人のことも教えてもらった。
彼がこの時代に来たのは10年前。
丁度豊臣秀吉が天下を統一した頃だった。
隼人は東京出身で、家族と静岡の親戚の家に遊びに来た時に
過去の静岡(駿河国)にどういうわけかタイムスリップ
してしまったらしい。
当時まだ少年で、一人で田んぼが広がる畦道を彷徨っていた際
に、その辺りに暮らす親切な女性が見つけて助けてくれたという。
その日から約7年後、隼人は大名家に足軽から仕えた。
駿河国徳川家康の領地だったため、徳川家に仕えたのだ。
そして3年の月日が経ち、飛脚にまで出世して今に至る
ということだった。
「隼人君は、今何歳なの…?」
「えーっと…19かな…」
「それから10年前ってことは……当時9歳!?」
「ああ、そんくらいだったな」
今17歳の結に比べれば9歳はずっと幼い。
そんな幼い歳で過去に飛ばされちゃったなんてと思うと、
自分より気の毒に思えてきた。
「隼人君も寂しかったよね…」
「そりゃ、何の別れも告げてねぇし、あの頃は泣いたさ」
「隼人君も未来に戻りたい?」
「どうだろうな…住めば都って言葉があるように、
10年も暮らせばこっちの世界も悪くねぇなと思ってきて…」
「…もしかして私も、10年くらいここで暮らすことに
なっちゃうのかなぁ…」
「10年どころか一生かもしれないぞ」
「!」
「俺たちがタイムスリップしちまったのは、
時の歪みとか、ねじれのせいだ。実は、俺を最初に匿って
くれたその女性も、運よく俺と同じ未来から来た人でよ…」
「そうなの?!」
舞が驚いた。けっこう、いるものなんだなと思った。
隼人は続ける。
「オバさんは俺の格好を見てすぐに気づいたらしい。
それで俺を匿い、育ててくれたんだ。
今も俺の家はそのオバさんちなんだ。
すげえ感謝してるし、同じ境遇の人に会うなんてよ…
奇跡だとは思わないか?
あの人はまるで俺を本当の息子のように可愛がってくれた。その
オバさんは、今から20年前にこちらにタイムスリップしたらしい。
つまり…」


「10年刻みで誰かがこの時代にやってきてると推測できるワケだ」

衝撃だった。
隼人は腕を組んで話し続ける。
「ま、もしかしたら他にも俺たちみたいなのがいるかも
しんねーけど、お前と会えたのも、きっと奇跡だ。
運が良いよ、お前も」
「……」
「それで、その“時の歪み”って奴は、
どこで起こるかも分からない。俺の時は静岡だったし…
今回は大坂だったんだろ?」
「うん…」
「だから、戻れる可能性が低いんだ」
「……」
改めてそう言われると、胸が苦しくなった。
それを舞はぎゅっとこらえた。
この現実を、受け入れられなくても受け入れないと
いけないと思った。
それに、唯一の救いが隼人の存在だった。
彼も自分と同じ目に遭った。
そう思うだけで、悲しみを少し共有できている気がした…