タイムスリップ物語 10

2日の夕暮れどき、どうにか舞と隼人は草津に着くことができた。
「今日はここで一泊しよう」
隼人はそう言って、宿を取り馬を問屋に繋げてから、
部屋に入った。舞も後に続いた。
「ねぇ、草津って何県…?」
「知らないのかよ」
「…ゴメン。私、歴史はあんまり知らないの…」
滋賀県だよ。琵琶湖で有名な滋賀県
群馬県にある温泉で有名な草津の方じゃないんだぜ」
「そ、そっか。滋賀県なんだ…」
こんなことならもうちょっと歴史に関心を持つべきだった。
友達の明里ちゃんにもっと教えてもらうべきだったと思った。
そういえば、舞は昼に何も食べていないことに気づき、
空腹を覚えた。
「隼人君…お腹減ってない?」
「ん…ああ、そうだな…ずっと走ってたから腹減ったな。
そろそろ飯が用意されると思う」
「そういえば昔の人って、一日二食なんだっけ」
「原則はな。だから朝飯を遅い時間に摂るんだ。
今朝は早めに食ったから…そりゃ減るよなぁ」
「隼人君も元々は未来の人なんだから、
お昼に何もないのは辛くない…?」
「どうしても腹が減る時はおにぎりとかつまんでるよ」
「ふぅん…」
しばらく待つと、二人分の夕餉が目の前に並べられた。
「わぁ…ヘルシーそうだけどとっても美味しそう!」
「琵琶湖で取れた新鮮な魚を使ってあるみたいだな。
こりゃ少々値が張るかも…まぁ良いか」
「いただきます!」
結は早速箸を手に取って魚をつまんだ。
「美味しい!」
「良かったな」
現代のものよりはずっと質素で味も劣っているだろうに、
本当にそれを美味しそうに食べる舞を見ていたら隼人も
10年来食べてきた食事が普段より美味しそうに見えてきた。

食事を終えた後は風呂に入ってから、布団を並べて床に就いた。
隼人は天井をぼんやり見つめながらこう言う。
「明日は美濃には行けるように頑張るぞ」
「美濃って…」
岐阜県だよ」
「うん。それと、何でいきなり急ぐことにしたの?」
「…どうせなら、早い方がいいかと思って。特にこの辺りは」
「そう」
「あんまり遅いと、畿内(近畿)の関所を
封鎖されちまうおそれもあるし」
「そうなの?」
石田三成が本当に戻ってきたらの話だ」
「石田さんってすごい人なんだね」
豊臣秀吉の側近だったからな…。あれだけ豊臣のことを
思ってる人だ、絶対徳川に牙を向いてくる」
「……」
舞は再度考えた。
石田三成のことを歴史の授業で習ったことがある。
彼の名は一度しか出てこないが、何か彼に関連する
重要事項があったはずだ。
そんなこともほとんど忘れてるなんて、
ちょっぴり情けないなと後悔した。
だが、一度しか出なかったということは、おそらく
いいイメージでは残っていないのだろうと舞は思った。
織田信長とか、豊臣秀吉とか、徳川家康なら誰でも
知ってる有名人だし、いろんな活躍をしたと習った。
しかし石田三成の名前はどこかで一度見かけただけだ。
必死に思考回路して記憶を探った。
1600年にあった大きな出来事…
「――――あ!!」
いきなり大きな声を挙げたから、隣にいた隼人は
ビックリして跳ね起きた。
「な、何だよ驚かすなよ…っ!」
「ご、ゴメン…大事なこと思い出しちゃって」
「大事なこと?」
「うん。石田三成さんについて」
「…!静かに話せ」


「…あのね、石田三成さんは……関ヶ原で戦うの」


関ヶ原といえば、美濃不破関の…」
「そこで、徳川家康さんと戦ったの」
「……それで、どっちが勝った?」
「……言いたくない」
「な、何でそこで話をやめるんだよ…
俺には話してくれても良いんだぞ?」
「たとえ隼人君でも、これだけは言っちゃいけない気がして…」
「……そうかい」
隼人はそっぽを向いた。
舞が言わないことへの腹立ちではなく、
舞が教えてくれないということは、主家である徳川にとって
良くない未来が待ち受けているのではないかと思ったからだ。
「…今は言わなくていい。だけど、戦が近づいた時には
教えてくれよ。徳川家に仕える俺自身にも関わることだ」
「……うん」
舞は表情を曇らせたまま、小さく頷いた。