タイムスリップ物語 9

旧暦7月2日―――――。

「やっぱちょっと急ごうか」
隼人はそう言って走る準備をした。
「は、隼人君…まさか走って行くつもり?」
「舞が折角馬に乗ってるんだし」
「私、下りようか」
「いいんだって。ひとまず近江の草津まで早足で行こう。
乗り慣れてないお前のために馬は駆け足にするが」
そう行って一行は駆け足で進んだ。
近江…現在の滋賀県にある草津という場所は、
宿場町として有名な地である。
※隼人が請け負うこの飛脚という仕事は、
江戸時代以降では、約10km間隔の各宿場に、各飛脚が
待機している形で、それをリレー方式でバトンを渡すように
順次送るようなシステムになっていたらしいのだが、
この当時は、どういう飛脚のシステムであったのかは
私の学習不足ということで、妄想として書きます…
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これから先は、その2日頃にあった別の話をする。

この頃、とある大名が会津遠征軍に従うつもりで
垂井の方にまで出陣してきていた。
その人物は垂井の宿に至った時に、佐和山石田三成
招かれて佐和山城まで赴いた。
その人物は三成に用件を尋ねた。三成はこう言ったらしい。
「俺は太閤殿下亡き後、豊臣を軽んじてきた徳川家康
対して挙兵するつもりだ。お前も共に起ってほしい」
その言葉を聞いた人物はたいそう驚いた。
その人物は、上杉と徳川の調停役を担おうと思って遠征軍への
動員に応じていたのだ。無駄な争いを避けたいと思っていた。
しかし今三成の口から出た言葉は、その人物の思いとは
裏腹なものであった。
その人物は猛反対した。三成に思いとどまるよう説得した。
だが三成は譲らない。
「頼む。俺は上杉家を裏切るワケにはいかんのだ」
この一言でその人物は全てを悟った。
「まさか三成…此度の上杉家にかかる謀反の疑いは、全て…」
「ああ。彼らと共に家康を討とうと約束をした上でのことだ」
「何ということを!!」
ずっと前に三成は、上杉家の家臣・直江兼続
謀議を重ねていた。
共に家康を討とう。豊臣に害を為す、徳川家康を倒そう…と。
よって、兼続の主君・上杉景勝は早速会津に帰国し、
城を修築したり道路や橋を普請したり、武具を調達したりして、
公然と戦闘準備を見せかけたのだ。
謀反の疑いがかけられたのもこのせいだ。
なるほど、上杉家が釈明の要求をはねつけるワケである。
さて…、その人物は呆れて部屋を去ろうとした。
「やむを得ん。これまでだ三成…さらばだ」
「……そうか」
その人物は佐和山を退去した。
結局垂井の宿に戻ったが、彼はそれから出発を一日延ばした。
ずっと悩んでいたのである。
勢いで三成に別れを告げてしまったが、彼とは
長年の友誼があり、恩もある。共に出世した仲である。

その人物は後日再び佐和山を訪れた。
驚く三成を前に彼は強くこう言った。
「共に戦おう。お前に私の命、くれてやる」
「吉継…っ!」
その人物こそまさに、三成の親友・大谷吉継であった。
「私はこの通り、目も見えず歩行もままならない。
死期が近いことも悟っている。このまま醜い病に冒されて死ぬ
くらいなら、華々しい死に花を咲かせてやろう」
「何を言う…死なせない!俺の覚悟は
死ぬことじゃない、戦に勝つことだ!」
三成は目に涙を浮かべて言い返した。
目の見えない吉継の痩せこけた手を両手で握り、
三成は泣いた。そんな三成の様子を感じ取った吉継も一緒に泣いた。
吉継は思った。
この者のため、できる限りのことを尽くそうと。