タイムスリップ物語 31

「―――明里ちゃん。それ、面白い?」
「うん。舞ちゃんも読む?」
「わ、私は遠慮しとくよ」
「そう?…これね、石田三成が主人公の小説なんだよ」
石田三成って…関ヶ原の戦いで出てくる人だよね?」
「まぁ…教科書的にはそうかな。
豊臣家を守るために、自分より、何倍も強い相手に
立ち向かっていく姿…かっこいいよね」
「…そうだね。
私ならそんな勇気なくてできないや――――……」




「…っ」
朝日が舞のもとに射し込んだ。
「朝…」
昨日、舞は隼人と一旦別れて、小西隊の中に
従軍させてもらうことになったのだ。
「……頑張らなきゃ」
「何を?」
「―――え!?」
ガバッと起き上がると、隣で小西行長があぐらをかいて座っていた。
「こ、小西さんっ!?」
「おはよーさん」
「い、いつからそこにいたんですか…」
「さぁ?」
「さぁ、じゃなくて…っ」
間抜けな寝顔を見られていたかもしれないと思うと、
恥ずかしくてたまらなかった。
赤面する舞をよそに、行長は他の話題を持ち出す。
「まだ、この地に留まるつもりやさかい、
ちょっと君と話がしたいな」
「話…」
「まだまだ知らんことが多いからなぁ、君のこと」
「!」
一瞬ドキリとした。知られてはならないことまで
探られるのではないかと恐れた。
顔を強ばらせていたのか、行長は笑いながら
「怖がらんでええ。僕、変なことまで聞かへんねん」
と言った。
行長の笑みには他の人と違うオーラを感じる。
舞は姿勢と寝癖を正し直してから行長に話しかける。
「それで、何を…?」
「せやな…あ、そう言えば、君は僕が三成はん側の大名やったことを
知っとんたん?」
「え?」
「僕、昨日の会話で君が天下の情勢を知っとるつもりで
喋ってしもうたけど、分かっとったんかな〜って」
「はい…知ってました」
「政治に詳しいのは感心やんなあ」
行長は機嫌が良さそうであった。
「あ、簡素やけど君の分の朝餉があるから準備でき次第、
僕のところにおいで。僕、昨日と同じところにおるさかい」
「ありがとう…ございます」
この場を立ち去る行長の後ろ姿に目を追いながら、舞は
冷や汗を流した。
「(何だろう…小西さんと話すとちょっと緊張するなぁ)」


この日、舞は行長の傍につきっきりだった。
舞も行長も特に忙しくなかった。
行長は時々、部隊を見回りに行ったり、各地で戦っている
西軍の戦況報告を聞いたり東軍の動きを探らせることも
あったが基本的には暇そうだった。
だから度々舞に話しかけてきた。
舞は一言ずつ言葉を選びながら返したが、ふと行長の胸元に
十字架が首からぶら下がっているのを目にした。
「…小西さん」
「ん?」
「小西さんも、キリシタン…なんですか?」
「え?あ、ああ…懐にしまっとった筈なのに、いつの間に…」
そう言って行長は十字架を手に取った。
「うん。物心ついた頃からキリシタンやで。」
キリシタンと言われて舞が思い出すのはやはり今は亡き
細川たま(ガラシャ)のことだった。
たまのことを思い出すと彼女の夫である細川忠興のことも
思い出す。舞は暗い表情をした。
そんな表情を読み取ってか、行長は舞を気遣うように話しかける。
「もしかして、君も僕と同じ?」
「え?い、いえ!私はキリシタンじゃありません。ただ
少し前に…知り合いでキリシタンの人が亡くなられて…」
「さよか…それは気の毒やったなぁ」
「はい」
「病気か何かで?」
「…自害したんです」
「自害?キリシタンやのに…?」
「……それは……」
舞が話しづらそうにしたので行長は話題を変えた。
「ええよ、言わんで。キリスト教の話は仕舞いにしよか」
「そうですね…でも私、行長さん個人のことを知りたいです」
「僕のこと?」
「はい」
「よし!ほな、話したろか!」
すると行長はいつもの笑顔を見せて自身のことを話しだした。

「僕の生まれは京で、堺の豪商小西家の次男として育った。
僕はもともと商人なんや。ある日、僕は備前国の魚屋へ養子に出された。
その時さまざまな経緯から僕は備前の領主様やった宇喜多家に仕えた。
ほんで、宇喜多のお殿様に武士になるよう誘われて
武士になって、働いた。
それからまたある日…中国攻めでやってきた
羽柴秀吉様…後の太閤殿下のもとに、僕は仕えることとなった。その頃に出会ったんが三成はんや清正ら秀吉様の子飼い衆やった。
そんで、その後数々の功績を上げ、僕と清正は肥後国を半分ずつ
分け与えられた。
…清正とは、宗教の違い、方針の違い、価値観の違い…
戦の仕方の違いで…しょっちゅう争ったけどな」
舞は頷きながら聞いていた。
「それから殿下が天下を統一なさった後、朝鮮出兵が始まった。
これはアカンかった…僕と清正が戦の先鋒に任じられ、
互いに先陣争いながら進んだ。…そっから後は…………」
隼人から聞いた通り、行長の人生に清正が絡むことを確認した。
しかし分からないのは何故、清正が行長をここまで嫌っていたのかだ。
話を聞く限り、やはり清正が一方的に行長を嫌っているように
しか思えない。。
お互いに馬が合わない…ただそれだけで、
ここまで悪化するものなのか疑わしいが、
現代と過去ではワケが違うのだろうと思った。
だが、自分によくしてくれた清正を擁護したい気持ちもあった。
ちょっとでも表情を変えたら、行長はそれに敏感に気づいた。
「何や、怖い顔してまんなぁ」
「!…行長さんって、人の顔の変化にすぐ気がつきますよね…」
「ホンマに?」
「ええ。だって…」
しかしここで何か言ったところでどうにかなるわけでもないので、
舞は黙った。きっとこれは行長の才能なのだろう…本人は無自覚らしいが。
舞は更に話題を変えた。
「そういえば…西軍って石田さん以外にどんな人がいるんですか?」
すると行長はにんまりと笑う。
「お嬢ちゃん、好奇心旺盛やんねぇ」
「あっ…」
「ええよ。知らんのやったら教えてあげる」
そう言って行長は主な名前を挙げていくのだった…