タイムスリップ物語 34

「―――石田さんは、これで良かったと思っていますか?」


舞のこの一言により、三成の目つきが変わった。
次の言葉を待っている様子だ。舞は続ける。
「敵の…東軍の人達と石田さん達は、元々は…
同じ豊臣家の家臣だったんですよね?仲間だったんですね…?」
「だったら何だと言うのだ」
「だったら…話し合いで解決とか、できないんですか?」
「それが出来るくらいなら、とっくに問題は解決している」
三成は行長に目配せをした。すると今度は行長が三成に代わって言う。
「三成はんは、以前アイツらに殺されかけたんや」
舞は黙って聞いていた。
「君がお世話になったっちゅう清正も、
三成はんを襲った武断派の集団の一人なんや」
「……」
「アイツらは口で言うでも分からん荒くれ者や。
気に喰わへんことがあったら、すぐ力任せで暴力を振るう。
そんな相手と、今更……どう仲直りせえって言うんや」
「でも…」
三成は言う。
「そなたは俺達に戦をやめてほしいのだろう?顔に書いてある。
だが、それは無理だ…俺達が勝つか、
徳川が勝つかのいずれしかない。
俺達が勝てば世に正義を知らしめ、奴らが勝てば、
豊臣の世はじきに終わる」
「………っ」
「安心しろ。必ず俺達が勝ち、豊臣の世を守ってみせる。
徳川に天下は譲らない…天下人を、変えさせはしない…
だから、そなたは俺達を信じて、朗報を待っていればいい」
三成はそこまで言って、舞に背を向けた。
もう話をする気はない…といった様子だが、
舞は引き下がらなかった。
それで困っているのは行長だった。
行長は舞に引き下がるよう手振りするが、舞は応じない。
舞はこう言った。
「確かに……徳川さんは天下を狙っているんだと思います…
でも…でも、清正さんとか、正則さんとか…
絶対、後悔していると思います。
心のどこかで、また、みんな一緒だった
昔に戻りたいって、思ってるかもしれません…」
三成は背を向けたまま問う。
「何故そう思う」
「…それは……」

舞は思い出した。あの日のことを…
正則が、舞の前で涙を見せたあの日のことを……
しかし、それを話せば舞は東軍の。

どう返事したら良いか分からず、俯いてしまった結に、
三成はフッと笑ってからこう言った。
「そなた、清正ばかりか正則にも会ったことがあるな」
「!」
結は驚いて顔を上げる。行長も目を見開く。
三成は全てを見透かしたような表情で振り返り、結を直視する。
結は手遅れかもしれないと思いながら、必死で隠し通そうとする。
「清正さんはともかく、正則さんには会ったことなんてないですっ」
「さてどうかな…俺は不思議でならん。何故ならば、そなたは、
まるで彼らのことをよく知っているかのような素振りで話す」
「そんな…」
結は覚悟した。もう、隠し通せないかもしれない。
だが三成は冷静だった。
「案ずるな。それでそなたを殺めたりするほど俺は小者ではない。
それに…よく、知っているのだろう…清正や正則が、
どういう人物なのかを」
「……」
「清正は融通の利かない頑固な奴だ。だが生真面目で、純粋だ。
正則は乱暴で馬鹿だが、どうにも憎めない無邪気な奴だ。
二人とも、俺にはないものを持っている…
時にそれは羨ましかったり、疎ましいと思うこともある」
「……」
「…もう、良いのだ。過去のことは、思い出だ。
これが世の定めであるなら、俺は後悔などしない。
ただ、前を向いて、進むのみだ」
「石田さん…」
結は我慢できなくなり、言ってはならぬことも口走ってしまう。



「私…っ、知ってるんです!この先、どうなるかってこと…!!」

三成は動じない。
「私…っ未来から来ました!!400年以上も先の未来から来たんです!何言ってるか理解できないとは思いますが、
私は…全部知ってるんです!このままじゃ…このままじゃ…!!」
行長は驚きつつ、なるほど…と言った顔で話を聞いている。
三成は、決意した。
「――――俺は負けない」
「!」
「未来とは、変えるものだ。
そなたが未来から来ていようが、未来のことを知っていようが、
俺には何の関係もないのだ。何故ならば、未来とは、変えるために
あるのだから」
「…変える、もの……」
「俺は全力で立ち向かう。正義を全うした結果、が勝利であろうが
敗北であろうが、それも一つの運命として俺は受け入れるだろう。
勘違いをするな。俺は死にに行くんじゃない。自ら死のうと
思ったことはない。這い上がれるところまで這い上がってみせる。
待っていろ、俺達が描く未来を。正義は勝つということを」
「石田さんっ」
「俺達が勝てば、そなたにとっても、最善の結果を残してやる。
そなたが世話になった清正や正則を、殺すつもりはないからな…」
「…っ!」
結の頬には涙が伝っていた。いつの間にか、涙が溢れていたようだ。
今の三成の話は、石田方西軍が勝てば良い結果が残せるという
ことだが、その逆は、最悪の結果しか残らないことを意味している。
それはつまり、結の知っている、歴史のことであった。
結の隣にいる行長は、今何を思っているのだろう…
今の結の話を聞いて、自分の運命を悟ったのかもしれない。
いや…予測通りの運命だったのかもしれない。
行長は、酷く落ち着いていて、表情も和らいでいた。

さて、一方の三成は、結に何かを差し出した。
それは、数珠だった。
結は三成と数珠を二度見して、尋ねる。
「これは……?」
「数珠だ。遠い昔、清正が俺にくれた数珠だ」
「…清正さんが?」
「ああ。俺だけが貰ったものではないのだがな。遠い昔、
清正が、お守りだとか言って、俺やみんなにくれたものだ」
「それを…私なんかにどうしろと…」
「そなたにやる」
「え…でも……」
「良いんだ。受け取れ」
三成は結の右手を取り出して手の平に乗せた。
それは、使い古されたような跡があり、黒と茶色の二色で
作られた綺麗な数珠だった。
三成は言う。
「もし俺の身に何かあったら、それを清正に渡してくれ。
俺の身に何も起こらなければ、そなたにくれてやる」
「……」
「さあ、帰るんだ。そなたの居場所はここじゃない」
「帰る…?」
結は動揺していたが、三成の家臣・島左近がそれ以上の会話を
遮り結を城の外まで連れ出す。
その場に残された三成と行長を後に、結は左近に強引に
連れていかれる。
結は振り返り、二人を見た。
「石田さん…っ!小西さん…っ!」
三成は朗らかな笑みを浮かべ、行長は寂しそうな笑みを浮かべる。
三成は自信に溢れているようにも見え、
行長はもう二度と会うことはないと言うような笑みにも見え…
結は涙が止まらなかった。
大垣城の城門前まで連れられて、左近は結を手放した。
左近は、小さく頭を下げて詫びる。
「強引に引っ張って申し訳ない。
しかし、お主の気持ちは、殿や摂津殿によう届いたと思われます。
我々の朗報を、お待ち下さるよう…」
「あのっ……貴方は…」
「拙者は、石田三成が家臣・島左近にござる。
これが最初で最後の挨拶になるやもしれませぬ。
貴方が本当に、未来から来た人間であるならば、是非とも、
我々の生き様を未来で広めていただきたいものですな」
左近はハハハと笑ってから、真面目な顔に戻る。
「では、これにて、さらばでござる」
「………」
武将らしい形相をした左近の背中は逞しかった。
結は必死に涙を堪えながら、その背中を見守った。
左近が城の中に入ったのを確認した城門兵達は門を閉ざした。
結は呆然と立ち尽くした。
「私の役目は……終わったんだ……」

結は思った。
もう、自分のせいで歴史が変わっても良いと思った。
歴史が変われば、つまり、西軍が勝てば、犠牲者は減るはずだから。
関ヶ原の戦いのことは詳しくないが、
東軍が勝てば三成や行長らはおそらく殺される。
それは嫌だった。
西軍に勝ってもらい、誰も死なない結果を残して欲しいと思った。
それで未来が変わってしまっても別に良いではないか。
ここはパラレルの世界だ。だから自分や家族や友達が、
消えてしまうことなどないのだ。
この世界の未来の人間達にとっては悪いことかもしれないが、
非常に、他人事で自分勝手な考えかもしれないが、
今の結には、この先のことしか考えられなかった。






「――――結?」





背後から聞こえる懐かしい声に、結は涙を拭って振り返った。