タイムスリップ物語 35

「…三成はん……これで、良かったんやろか」
「何を今更…俺達はもう引き返せないところまで来たんだ」
左近が結を連れていった間、三成と行長はこんな会話をしていた。
行長は、まだ結と話がしたかったようで、残念がっている。
「要は俺達が勝てば良いだけのこと。何か問題があるか」
「…あの子が未来から来たっちゅう話が…本当なら、
まるで、僕達が負けるかのような話しぶりやった」
「だから俺は言ったはずだ。未来は変えられると」
「…もし、僕達が勝てたら、本当に清正らを殺さへんの?」
「ああ。彼らには大名としての統治力も十分に備わっている。
今後も大名を存続してもらうために、和解をせねばと思っている」
「和解……できるんやろか」
「できないと思って逃げていたらいつまでもできないままだ。
俺は身を以て知った。摂津お前も…現実から逃げては駄目だ」
「………」

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「―――結…結、だよな?」
一方の結は城門の前で自分を呼ぶ声に反応した。
振り返ると、そこには隼人がいた。
「…隼人君」
「良かった…無事だったんだな…!」
結が左近に引っ張られて城から出てくるのを目撃したらしく、
ハラハラしていたらしい。
しかし結の顔が赤いのを見て歩み寄る足を止めてしまう。
「……泣いてんのか?」
結はずっと前のことを思い出した。
そういえば以前も、隼人にこう訊かれた気がする。
結は無理して笑顔を作って、大丈夫!と答えた。
それから二人は一旦城下の宿に泊まり、
隼人は気にかけながら、まずは自分の状況から話すことにした…

結と別れた後から隼人は大垣に戻り、城下町で東西の動きについて
情報収集していたようだ。
東軍は大垣付近の赤坂というところまで進軍し、家康の到着を
待っているという…
次いで隼人は結のこれまでの結果を少しずつ訊いた。
先程結が泣いていたのは見て分かったし、きっと城の中で
何かあったのだろうと知り得たから、様子を伺いながら尋ねていった。
全てを聞いて隼人は肩で息をつく。
結は、戦の勝敗を話したことだけは伏せて残りの内容を話した。
「でもまぁ無事で良かったよ。お前、すごく運が良いぜ。
小西行長宇喜多秀家石田三成といった西軍の中心核に
会って無事なんだから…」
「うん…みんな、良い人だったから」
結は、隼人が気まずそうにしているのを察して、
気持ちを切り替えることにした。
「隼人君も無事で良かった」
「俺か?まぁ…特に、怪しまれることはなかったな」
「流石だね」
「おう。…それで、これからどうする?」
「……」
隼人にはもう分かっていた。
結はこのまま、大坂に行きたいとは思っていないのだ。
ずっと結と行動を共にしてきた隼人にはよく分かる。
それで尋ねたのだ。
「大坂に行く気はないんだろ?」
ニヤニヤしながら顔を覗き込む隼人に慌てながらも結は答えた。
「みんなのこれからを、見届けたいの」
「だよな」
「迷惑かけてごめんね」
「既に迷惑かけられてるんで問題ねーよ」
「そかっ」
アハハと二人で笑いながら結は隼人に対し申し訳ない気持ちになった。
自分のわがままに振り回されっぱなしで、人がよすぎる。
「(これが終わったら、恩返ししなくちゃね…)」
そう心の中で思った。
結と隼人は、このまま西軍の動向に合わせることにした。
つまり、関ヶ原へ行くということだ。
危険も伴うが、結はこの目で見届けたかったのだ。
何が原因で西軍が負けるのか。
結は西軍に勝ってもらいたい。だって三成は誓ったのだ。
西軍が勝てば東軍への処罰は最小限に抑えると…
それを信じているから、西軍を負けさせたくなかった。
敗因を突き止め回避する…そんな大それたことを、
結は実行しようとしていた。
「(だからね隼人君…東軍が負けても、きっと、大丈夫だから…)」
徳川家の家臣である隼人に無言のメッセージを送った。
隼人は何も知らない。関ヶ原の戦いの行く末を。
だからもし東軍が負ければ、隼人はショックを受けるかもしれない。
だが、三成の言葉通りになれば、その悲しみは最小限に収まるはずだ。
「(…難しい)」
あれこれと思考を重ねるうちに、どんどん話がごちゃごちゃになる。
歴史に詳しくない結は、とにかく西軍が勝てば良いと思うしかなかった。
この日、結と隼人は宿で一晩を明かした。

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それから13日経った。9月14日のことだった。
この日大きな動きが見られた。
徳川家康が、東軍諸将が集結し待機している赤坂に到着したとの報せが入った。
そのことを知った西軍には動揺が走る。
三成は即座に手を打った。
家臣・島左近に500の兵を預けて杭瀬川へと出撃させた。
奇襲先制で緒戦を飾り、西軍の動揺を抑え、士気を鼓舞させるのが狙いだ。
杭瀬川は大垣城と赤坂の中間を流れる川だ。つまり西軍と東軍の接線である。
左近隊は密かに杭瀬川を渡り、敵陣間近で放火。東軍を挑発する。
挑発に乗った東軍の中村隊・有馬隊が突撃を開始し、それを見た
左近隊はすぐさま退却。それを追う両部隊を待ち伏せしていた
宇喜多秀家の家臣・明石全登隊の伏兵が一斉射撃に出る。
東軍の両部隊はたちまち潰滅状態に陥り、兵を退く。西軍の勝利に終わったのだ。
これが世に言う、杭瀬川の戦いである。

この戦いの後、両軍でそれぞれ軍議が開かれた。
西軍は、東軍が佐和山城を抜いて大坂城まで進撃するとの情報を受けて、
急遽、軍議を中断し関ヶ原への転進を決めた。