タイムスリップ物語 38

「やっと来たか…」
三成は呟いた。

すさまじい轟音は発したのは、三成が用意した大砲であった。
現在のような大量殺傷可能なものではないが、
大砲は敵兵の士気を大いに揺さぶる効果があった。
これにより石田隊は態勢を立て直し、東軍に突入するほどの攻撃ぶりを見せた。
午前10時…
他の西軍もそれぞれで活躍していた。
特に宇喜多秀家隊は福島正則隊を500mほと後退させる勢いで攻めつづけ、
正則は血相を変えて叱咤激励をした。
しかし、このような西軍の優勢がいつまで続くかは時間の問題だ。
西軍で善戦しているのは本当に中央の部隊だけだ。
数で押してくる東軍に、どこまで耐えられるのか。
三成は小早川隊のいる松尾山と、吉川・毛利隊のいる南宮山に
何度も出撃の狼煙を上げた。
しかし一向にこれらの部隊は動かない。
三成は少し焦っていた。
最悪寝返ったりでもしたら、この陣形は一気に崩れるやもしれぬ…
そんな不安が三成の内心にあった。
「俺は、約束したのだ…」
三成は家族や家臣たち、一人ひとりの顔を連想した。
そして最後に、結のことを思い出す。
「……歴史は、変えられるはずだ」
胸に手を当てた。
「諦めたらそれで終わりだ」
そこで三成は、島津隊のことを気にした。
島津隊は石田隊と小西隊の間に布陣しているのだが、向かって来る敵を
迎え撃つばかりで自ら戦おうとしないのだ。
これには先日三成達といろいろと揉め事があってそうなったのだが、
どうにかして島津隊に脇を支えてもらいたい三成は
家臣の一人を島津隊に遣わし、二度目には三成自身が向かった。
だが、島津隊の島津豊久(義弘の甥)は双方を冷たくあしらった。
各々で精一杯だから三成隊まで省みる余裕はないと言ったのだ。
三成は頭を抱えた。正直まいっていたのだ。
再び松尾山と南宮山に向かって狼煙を上げた。
続いて、宇喜多秀家小西行長も出撃を促すため狼煙を上げた。
それでも小早川・吉川・毛利は微動だにしない。
西軍首脳は焦った。
三成・吉継・行長らは松尾山へ急使を遣わしたが、
小早川秀秋は動かなかった…

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「――――…こっちだ」



松尾山の背面を登る若者が二人いた。
隼人と結であった。
結が突然、松尾山に登りたいと言いだしたのだ。
当然隼人は反対した。
何故なら松尾山には西軍の小早川秀秋隊が布陣している。
隼人にとっては敵方だ。
だが、結は聞かなかった。
隼人は汗を垂らした。結が何をしようとしているのか分からない。
無理矢理引き止めることもできた。だが、結は繰り返しこう言うのだ。
「大丈夫だから。隼人君を悲しませたりなんかしないから。
石田さんも、徳川さんも、誰一人、悲しませないから」
隼人はとにかく東軍の者に見つからないようにするのが精一杯だ。
そして、結をむざむざと死なせないようにしなければならない。
結にはきっと何か希望があるのだ。
それは彼女と皆にとっての最善策であると、隼人は信じたい。
松尾山は標高約300m…
山登り慣れしていない結は少しバテたが何とか登りきった。
山頂には、確かに小早川隊が布陣していた。
幸い登ってきた山の背後には兵がほとんどおらず、
見つかることはなかった。
二人は茂みにかくれて陣幕を伺った。
「…これからどうするんだ」
「あの中にいる人って、小早川秀秋さんだよね…?」
「ああそうだ。だが、あの人は西軍だ。俺にとっちゃ敵だ」
「…あの人と話がしたいの」
「無茶苦茶だ…」
隼人はうつむいた。
それよりも何故、結が小早川秀秋などと言いだしたのかを知りたい。
「結、お前…まさかこの戦いの鍵を握る人物が、小早川殿だとでも」
「……」
結は小さく頷いた。昨日、思い出したのだ。
関ヶ原の戦いの戦局を変えたのは小早川秀秋であったと。
秀秋が松尾山にいるということは、隼人の説明で知った。
「結…やっぱり歴史を変えるつもりなんだろ」
「…このままじゃ、多くの人が、悲しむことになるの、私知ってる」
「お前が歴史を大きく変えることに、何の迷いもないのか」
「あるわ。でも…今日までいろんな人と出会って、みんな、
それぞれの思いがあって、苦悩があって、思惑がある。
……私はそれを知りながら、見届けることしかできない。
ここはパラレルの世界…私や貴方がいた未来に、直接影響はないはずよ。
だったら…私はここのみんなを悲しませたくない」
「……それは、ワガママだ」
隼人は苦し紛れに答えた。
「それはお前のワガママだ」
「っ…どうして…たとえ歴史を変えたって、この世界の未来と
私達は何の関わりもないでしょ?」
「そういう問題じゃねえ…あるべきはずの未来を、変えるってのはな…
そりゃ、過去が変われば未来の、出会うはずだった人達は出会わない
かもしれない。そればかりか、生まれてすらこないかもしれない。
それが良いことか悪いことかは分からねえ…ただ俺は、怖いんだ…」
「隼人君…」
隼人自身、何にそこまで怯えているのか分からなかった。
結は隼人の肩に寄り添った。
「大丈夫…何も、恐れることはないわ…だからお願い、
隼人君はここで待ってて欲しいの」
「……俺も一緒に行っていいか?」
「え?」
「お前を守るのが今の俺の役目だ」
「…うん」

覚悟を決めた。
二人は、小早川秀秋のいる陣幕へ歩み寄る。
「!?何者だ、貴様ら!」
護衛の兵士が二人に気づき、複数の兵士に囲まれる。
隼人は結を庇うようにしてこう言った。



小早川秀秋殿にお会いしたい」