タイムスリップ物語 39

「な…何だと?」

隼人の言葉に兵士達は更に身構えた。
「まずは貴様らが何者かを名乗れ!徳川か石田のご使者か?」
「そんなところかな」
「言葉を濁すな!」
本当の使者であれば斬り捨てるのは無礼な行為にあたる。
しばらく口頭の言い争いが続いたので、陣幕から大将らしい
人物が出てきた。
「…何やら外が騒がしいと思ったら…これは一体…」
赤い布地に違い鎌の模様が描かれた陣羽織を着た若い男…
彼こそが小早川秀秋であった。
結と隼人は秀秋を見た。少し気の弱そうな…そんな印象を受けた。
秀秋も二人の方を見た。
「僕に何か用…?どうせ、山を降りろって言うんだろ…?」
秀秋が開戦後ずっと山の上で高見の見物をしていることを二人は知っていた。
隼人はこれには何か裏があると思っていた。
そう思っていた矢先に結が松尾山登山を願い出たので悪い予感しかしない。
今、山の下の戦場では東西両軍が譲らぬ戦いを繰り広げている。
そこにもし、この小早川秀秋の大軍がどちらかへ攻めかかれば…
戦局は大きく変わることになる。重大だ。
今度は隼人の背中に守られていた結が秀秋に向かって言い放つ。
「貴方と話がしたいんです」
「…君みたいな女子が、僕と?」
結も緊張していた。関ヶ原の戦いのキーパーソンが秀秋であることも、
西軍…三成達が負けた原因の一つが秀秋であることも
思い出したのだ。
そんな秀秋を説得するためにここへ来た。
だが、どう説得したら良いのかが分からなかった。
三成達に勝ってもらうために…東軍へ攻め込めなどとは結には言えない。
それでもし東軍の皆が怪我でもしたら、それは結の望む所ではない。
結は困惑した。
「(馬鹿だ、私…何も考えずに…隼人君まで巻き込んで…)」
顔に焦りの表情を浮かべる結を見た隼人は心配した。
「(俺が何か言うべきか…?しかし、何て言えば良いんだ…)」
次の言葉が出ない二人を秀秋は怪しんだ。
その時だった……


パンッ!!パパンッ―――――!!



「!?」
銃声がすぐ近くで聞こえた。
それは東軍からこちらに向かって放たれた銃声であることが分かった。
秀秋は動揺した。
そこへ、かねてから黒田長政の目付役としてここへ来ていた使者が決断を迫った。
「徳川内府殿はお怒りだ!
今こそ、山を降り西軍の石田三成を討つのです!!」
「…っ!」
それを聞いた結は大声で止める。
「待って!!小早川さん!私の話を聞いて!!」
しかし結の望みは儚く潰えた…


「―――――僕らの敵は石田三成だ!
山を降り麓の大谷刑部の陣へ攻めかかれ!!」



「!!」
「!」
結と隼人は目を丸くした。
西軍の小早川秀秋は、西軍を裏切った―――――。
結は秀秋のもとへ走るが、兵士に遮られ陣幕の中へ消える秀秋の
後ろ姿をただただ見送るしかなかった。
隼人は結を引き止め、急いで山を駆け下りた。
腕を引っ張られる結は泣いていたが、隼人には今はそれどころでなかった。
小早川隊の注目が一気に山麓の大谷隊に向けられたのが幸か不幸か、
結と隼人は斬り殺されずに済んだのだ。
隼人はこの関ヶ原に留まることは危険だと判断した。
戦場は荒れる。
そして、
西軍は負ける。
隼人は内心でこう思った。
「(これは、結の望んでたことじゃねーはずだ…)」
徳川に仕える隼人にとって東軍が勝つことは良いことである。
しかし、結はそれよりも更に良い結果を望んでいたに違いない。
そうだ…西軍までもが救われるような結果を…
隼人は結を引っ張りながら来た道をそのまま駆け下りた。
しかしそこで結は再び戦場へ戻ろうとする。
「馬鹿!そっちは危険だ!!きっと今は乱戦状態が続いてる」
「でもこのままじゃ、西軍のみんなが…!!」
「ああ、西軍は負けだ。誰もが西軍の負けを確信しているよ!」
「違うの…!私、こんな結果望んでない…!!
これじゃ教科書通りじゃない…っ」
「だがこれが本来迎えるべき未来だったんだ!
受け入れろよ…俺だって、今までそうやって受け入れて来たぞ!」
すると結は急に落ち着きを取り戻した。
やっと分かってくれたのかと隼人は胸を撫で下ろしたが、
次に発した結の言葉に唖然とする。

「…私、みんなを助けに行く」

「――――はぁ?!」
隼人は半分怒りを込めて聞き返す。
「何ふざけたこと言ってんだ…!」
「西軍のみんなが、もし戦場から逃げてるんだったら、
私は助けに行きたいっ…」
「戦で負けた武士を助けるとどうなるか分かってんのか…?
それは罪人の肩を持つこととなり、お前も同様に処罰されるぞ!」
「…っだけど!」
「死にたくなけりゃ俺の言うことを聞いてくれ…頼むから…!」
「………」
結はしばらく黙り込んだ。しかし、決心は揺るがなかった。
「…隼人君」
結は真っ直ぐに隼人の目を見つめた。
「私ね…ここに来て、本当に…変わった気がするの。
ここに来る前の私は、本当に弱虫で、臆病で、内気で…
でも、ここのみんなと接していくうちに、昔の人って、こんなに、
強かったんだって…思わされたの。でも、潔く死ぬ必要なんてない。
私は皆にも生きてほしい。
だって、生きてなきゃできないことって、たくさんある。
戦に負けたからって、死ぬ必要はどこにもないでしょ?
死んだら、そこでおしまいだもの。
生きて、今までに失ったものを、みんなで取り戻せないの…?
戦いなんて愚かよ…何も残らない。
きっとまだ間に合う。やり直せる。
人間って…頭が良いでしょ?だから、絶対分かり合える。
分かり合えない人間なんていない…だからお願い、行かせて…?」
「……それは……お前の理論に過ぎない…綺麗事に過ぎない…
昔と今じゃ、価値観が違う…だけど……………」
隼人は覚悟を決めた。
「結の覚悟はよーく分かった。俺も負けてらんねえな…行けよ、どこへでも」
「隼人君……?」
「きっと西軍の諸将は西へ散るはずだ。戦場で死ぬことは
ないはずだ。そうだな…伊吹山の方面に連れてってやる…
そこに誰かがやってくるかもしれない」
「…!」
「但し、俺はまだ徳川の家臣をやめたつもりはない。だから、
東軍に見つかったら大変なことになる。間違いなく俺も処罰される。
それでおそらく、東軍は、逃げる西軍の追跡をする。
そんな中見つからないように西軍の諸将を探すのは綱渡りより難しい。
それでも良いか?」
「…うん」
「よし、決まりだ。行くか」
隼人は伊吹山に向かって歩き出した。なるべく、戦場を避けていくように。
後に続く結は思った。隼人の覚悟はきっと、自分よりも重いものであると。
「(…何度もごめんね。それと、ありがとう…)

こうして二人は、敗走してくる西軍を待つことにした。