タイムスリップ物語 40

「やはり…金吾は裏切ったか…」
小早川の裏切りを前もって予測していた大谷吉継は、冷静であった。
「兵力の差は歴然としている。だが、小早川の軍勢は足並みが
揃っていない。600の精鋭で十分時間稼ぎはできる。…迎撃せよ」
大谷隊は自軍の何倍もの兵力を有する小早川隊を500mも後退させる
勢いで反撃した。吉継と同じくして平塚為広隊・戸田重政隊も
少数兵ながら必死に小早川に太刀打ちした。
そこまでは良かった。
不幸なのは、吉継も全く予期していなかった第2の裏切りが起こったことだ。
吉継の指揮下に置かれながら、戦闘に参加せず様子を伺っていた
脇坂・朽木・小川・赤座の四隊が、突如大谷隊へ側面攻撃をかけてきたのだ。
これは大谷隊に多大な打撃を与えた。
その隙に小早川隊は形勢を立て直して反攻。
更に東軍の藤堂高虎隊らが殺到する。
もはや、吉継に為す術はなかった…
平塚・戸田両名も次々と討死した。

吉継は覚悟を決めた。
「…五助、五助はいるか」
「はっ、五助はここに!」
吉継は家臣の一人・湯浅五助という者を呼んだ。そして言う。
「私は重い病に冒され、顔は醜く崩れた…この首を、
決して、敵に晒さぬよう…」
「殿…!何をおっしゃられます…生きてください…どうか…!」
「もとより余命幾ばくもないこの命を…私は友のために使い、
今まさに戦場で死を迎えんとする。これで良いのだ…」
「…」
介錯を、頼めるな?」
「…はい」
「……先に行くぞ、三成…!」
吉継は腹を切った。
そして、五助は彼の首を落とした。
その後五助は吉継の首を抱えて、戦場から離れた場所へ首を埋めた。
そこで藤堂隊の一卒に見つかる。
五助は、吉継の首の在り処を内緒にしておいてほしい。その代わり、
私の首を差し出す…と嘆願した。
藤堂隊の将の名前は藤堂高刑。彼は約束して、五助の首を取った。

さて、大谷隊が壊滅したことにより、裏切りの部隊は西軍の中央部に
怒涛の如くなだれ込んで来た。
まず崩れ立ったのは小西行長隊。
行長は何度も叱咤したがこれは無駄なことだった。
浮き足立って軍隊は混乱している。
「ハハ…アホやな、僕…最初から分かっとったくせに…!
ホンマ、自滅ですわこれ…」
行長は顔を歪めて、側近のみ連れて伊吹山中へ逃亡した。
小西隊が総崩れになると、隣でなお奮戦していた宇喜多秀家隊にも動揺が走った。
秀家は、同じ豊臣の者である秀秋が裏切ったことが許せなかった。
「秀秋…信じておったのに…っ
かくなる上は秀秋と刺し違えようぞ!!」
秀家はそう怒り散らして陣頭に馬を進めたが、家臣の明石全登に止められた。
「離せ明石!!儂は…儂は奴らが許せぬのじゃ!!」
「今は退いて下され!ここはもう…どうにもなりませぬ!!」
「大谷隊は壊滅、行長も敗走した…儂は…まだっ」
秀家は震えていた。半分は怒り、半分は悲しみ。
しかし明石による必死の諌めを受け、ようやく秀家も退却した。
行長の後を追うように伊吹山中へ逃げ込んだ。

その後も未だに屈しない部隊があった―――――石田三成隊だ。
孤立無援の状態に追い込まれながらも、最後まで戦いきった。
しかし挽回の余地などない。三成は再挙を期してわずかな側近と
共に伊吹山の方角へ脱出した。
午後2時頃のことであった…

こうして残るは島津隊のみとなった。
ほとんど戦闘に参加していなかった島津隊の元に、敗走する小西隊や
宇喜多隊の兵士が救いを求めてきたが、あろうことか島津隊は
銃口を向けて追い払ったのだ。
島津家には、西軍につく義理も、東軍に与する義理もなかった。
成り行きで西軍についたまでである。
しかし、勢いづく東軍の前に1500の島津隊の兵数は半減した。
島津隊の大将・島津義弘この時66歳。
彼は家康本陣に斬り込んで死に花を咲かせようとしたが、甥の豊久の
提案で【敵中突破】による撤退を試みた。
島津の一団は東軍の、家康本陣の前面をかするように走り抜けた。
これを井伊直政本多忠勝らの軍勢が追撃したが、
島津隊の捨てがまり戦法により、井伊直政松平忠吉は負傷した。
追撃の速度が落ちた頃、ようやく家康から追撃中止命令が出た。
島津の撤退ぶりはまさに鬼のようであったが、
島津隊の被害も甚大だった。甥の豊久をはじめ多くの犠牲者が出た。
義弘のもとに最終的に残った兵はわずか80程度であったという。
その一方で、南宮山に布陣したまま戦に参加しなかった
毛利や吉川、安国寺、長束、長宗我部の部隊も伊勢や近江を
目指して逃走していった。
午後4時頃のことであった…
関ヶ原の戦いは史実通り、東軍の、大勝利に終わった…

空が曇りだした。
そして、冷たい雨が降りだした。
戦後の血生臭い関ヶ原の地に、静寂が戻った。


「………」
「…どうした正則、しんみりとして」
「しちゃ悪いか…」
「いや…だが、まさか半日で終わるとは思ってなかった…」
「それだけ、西軍は脆かったってことだろ…」
「だが、もし小早川殿が俺達に向かって攻めてきても、
俺達がこうなってたんじゃないかな…」
「………よく言うぜ」
「内府殿のもとへ行こう」
「……ああ」
正則は長政の後に続こうとしたが、再び立ち止まって、
西の方角を遠目に見る。
「……これで、良かったのかよ…」

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一方、結と隼人は伊吹山に到着していた。
「おっし、山ん中探すか…」
「うん…」
「東軍の落ち武者刈りの連中と鉢合わせたらマズイ。
俺から離れるなよ」
二人は山の中へと入っていった。
丁度雨が降りだしていた。
涙雨とでも言いたげな冷たい雨が、二人の体を
突き刺すかのように降り注ぐ。
とても虚しく、悲しかった。
「…私ね、実は、西軍に勝ってほしかったの」
ふと呟かれた結の一言に、隼人は驚く。
「…何?」
「石田さんに会った時、彼は誓ってくれた。
西軍が勝てば東軍の無事も保証するって」
「そのために小早川を説得しようと…?」
「…教科書に書いてある関ヶ原の戦いは、西軍が負ける。
私は、それしか知らないけれど、きっと、このままだと
石田さん達は殺されちゃう。でも、石田さんが勝てば、
東軍のみんなも助かるはずだったわ」
「……石田三成が、そんなことを言ったのか」
「あの人の目は本気だった。だから、私はみんなが
助かって欲しかっただけなの…」
隼人にはにわかにその三成の言葉を信じ難かった。
果たして三成が本当に、その約束を守るのかどうか、
徳川の家臣である隼人には信じられなかった。
かと言って、信憑性もない敵方の三成の言葉を
信じて実行させようとした結を今更叱る気もなかった。

山の中は暗かった。
太陽は雨雲に隠れ、足元は薄暗い。
隼人はこのまま山に留まるのは危険だと思った。
熊が出ないとも言い切れない。
一旦山を出ようと言いかけた時、
一本の木の影から何か黒いものが蠢いたのが見えた。
隼人は東軍の追っ手かと思い身構えたが、どうにも
そうでないらしい。
一人の、甲冑を観に纏った、見覚えのある人物が
ヨロヨロと姿を現した。