タイムスリップ物語 41

「あれは―――――!!」

木陰から現れた人物も、こちらを見つけて驚いている。
「!」
「小西さん!?」
小西行長だった。腕と足を負傷している。従者は、いない。
結は駆け寄った。
「小西さん…大丈夫ですか…!」
「……っ」
行長は言葉一つ発しない。そして隼人は助けるかどうか未だに迷っている。
結はよろめく行長の体を支えた。細身だが長身の行長を女性が支える
のは困難だった。結は視線を隼人に向ける。
「隼人君…お願い、助けて」
「…ああ」
隼人が行長のもとに近寄ろうとした時、行長は結を払いのけた。
「小西さん?」
「………僕なんかを助ける暇あるんやったら、三成はんでも
見つけて助けたってや…」
行長はしゃがみこんだ。
結も目線を合わせるため腰を下ろす。
「命の重さは皆同じです。石田さんも貴方も、平等の命を持っています」
「…てん」
「……小西さん?」
「…僕を東軍に差し出しぃや。こんなこと敵にバレたら、
君もタダじゃすまへんよ…」
「何で…そんなこと言うんですか…
小西さんは、死にたいんですか?」
「…っ」
「貴方が死んで、悲しむ人は大勢います。私だって、貴方に
このまま死んでほしくない」
「せやかて…どこへ逃げればええねん…どこへ行ったって、
見つかればそれでしまいやないか…!」

「九州へ行こう」

「?」
言葉を挟んだのは隼人だった。
隼人は真剣な眼差しでこう言う。
「西の果てまで、逃げれば良いのです。薩摩までお逃げ下さい」
「薩摩?」
結が聞き返したので隼人は答える。
「薩摩は未来の鹿児島だ。島津殿のところだ」
「そこへ行ったら、助かるの?隼人君…」
「100%の自信はない。関ヶ原の合戦における島津隊の動きも
異様だったからな。
だが少し前、島津隊は関ヶ原から離脱したとの噂が入ってきた。
あの名門島津家は徳川には屈しないだろう。ならば、
比較的薩摩は他より安全だと思う」
「そっか……小西さん、薩摩まで行きましょう?」
「……たとえ、九州に辿り着けたとしても、九州には東軍の
黒田如水殿や、清正がおる。お嬢ちゃんは、清正に恩があるんやろ?
清正の敵である僕を助けて、それがアイツにバレたら、
たとえお嬢ちゃんでもタダではすまんと思うがなぁ…」
行長は乾いた声で元気なく笑った。
結はすかさず反論した。
「清正さんは分かってくれます。理解があって優しい人だから」
「理解?優しい??…それはお嬢ちゃんに対してでんなぁ」
「とにかく私達と一緒に来てください!」
結はすっかり熱くなっていた。思い切り力を込めて行長を立ち上がらせ、
隼人もゆっくりと支えた。行長は隼人を知らない。
しかし、隼人には何も言わなかった。

それから三人はしばらく歩いた。
三成がまだ見つからないが、日没が近い。かなり山の中へ入り込んでしまったので、近くに小さな洞窟を見つけたので隼人はそこで
一晩明かそうと提案した。念のために、中に熊でもいないか
隼人は確認しに行ったが…
「!!!」
入口手前で隼人はかたまってしまった。
異変に気づいた結は隼人のもとに駆け寄った。
「隼人君、どうしたの?……!!」
隼人の視線の先を見やると、何とそこにいたのは、結が一番
探し出したかった人物―――――石田三成だった。
「い…石田…さん…」
行長も三成の姿を確認した。
「……」
三成は、眠っていた。たった一人で。
おそらく、ここまで逃げてきて、隠れていたのだろう。
しかしこれではすぐに見つかってしまう。
「とりあえず、起こした方が良いのか?」
隼人が三成に近づいたその時…

「っ…!」

隼人は何者かに背後から小刀を突きつけられた。
結や行長は周りが暗くてその者の姿がよく確認できない。
「っ…お前…何者だ…」
「そういう貴様が何者だ」
声から判断するに、その者は女であった。
隼人はなるべく刺激させないように答える。
「俺はそこの女と共に西軍の諸将を探し出して西へ逃がそうと
思っているだけだ…証拠に、俺達は既に西軍の小西行長殿を
見つけ出した。ほらそちらに」
隼人は左手で行長を指差した。
女は、警戒を解かない。頼みの隼人がこうなった以上、
非力な結や手負いの行長にはどうすることもできない。


「―――――やめよ、椿」


「!」
洞窟から声が聞こえてきた。いや、三成が目を覚ましたのだ。
「その者らは敵ではない…」
女は隼人から離れた。どうやら名前は椿というらしい。
結は三成の傍まで駆け寄る。
「石田さん!」
「…無様な姿を見せてしまったな」
「……」
「………だが、俺はまだ…諦めてはいない。大坂へ戻り、
再度徳川と一戦交える覚悟だ…」
三成の目にはまだ光があった。
行長が三成に話しかける。
「三成はん…」
「摂津か…無事で良かった…」
三成は行長の姿を確認して労った。
「それにしても、まさかこんな形でその娘に合うとは思わなかった」
結のことである。三成は続ける。
「そこの若造の話によれば、俺達を助けるそうだな?」
三成は隼人に目を向ける。初めから起きていたらしい。
結達の会話は全て聞いていた。
隼人はかしこまる。
「この連れが…結が、そうしたいと言うので、俺は
彼女に協力しているだけです」
「石田さんが、無事で良かった…」
結は素直に喜んだ。だが、まだ安心はできない。
ここも長く留まるのは危険だ。
そこに、先程の椿という女が三成に何かを報告した。
それを聞いた三成は表情を曇らせつつ、溜息を漏らす。
どうしたんですかと結が三成に尋ねると、三成は
「明日にも東軍は、佐和山城に攻めかかるそうだ。
佐和山城は俺の城だ。家族を残している」
と、悲痛な面持ちで教えてくれた。
「そんな…」
結もショックを受けた。しかし敗将で落ち武者となった三成には
どうしようもない。
しかし三成は諦めていない。
「俺は大坂へ行く。西軍の総帥・毛利輝元殿がまだ大坂城
いるはずだ。そこで再度決戦を試みる」
三成はそう言いながら行長の方を向く。
「摂津はどうする…?もう俺に協力しろとは言わないぞ」
「僕は…とにかく九州の果てまで、逃げますわ…」
「九州?九州にはまだ如水と清正が健全だ。危険ではないか?」
「そん時はそん時ですわ」
行長は困った顔をしながら笑顔をつくった。
行長は笑うのが癖になっていた。そのせいでツラいことがあっても
笑って隠したり、泣く時も泣き笑いのようになってしまう。
三成はそんな行長のことを理解しているのか、真面目に案じた。

「さて…日も暮れた。夜の山道は危険だ。皆、この洞窟の中で
一晩明かすか?」
三成が話を転換する。
「そうした方が、良いのなら…」
「じゃあ、俺は入口で見張りをするよ」
「でもそれじゃ隼人君が休めないわ」
「椿と交代でやらせる。それなら少しは休めるだろう」
三成は椿に指示をした。
今更だが椿という女は、三成の忍だ。現代でいうくノ一である。
椿は口数が少ないが、忠実に仕えており、
三成の指示には必ず従った。
椿は隼人に向かって言った。
「私が先に見張りをする。それと、先程は失礼した」
「え?ああ、いや…大丈夫だけど…じゃあ任せるわ」