タイムスリップ物語 42

夜が更けた…
朝日が洞窟に差し込む。
交代で見張りをしていた隼人と椿が皆を起こしにかかる。
結は目をこすってあくびをした。
どうやら、一晩の間、東軍の追っ手には遭遇しなかったらしい。
9月16日のことである。
三成は洞窟を出て辺りを見渡す。
「…誰もいないな。発つなら今のうちだ」
行長も外へ出る。
昨日の雨が嘘であるかのように今朝は晴れていた。
三成・行長・結・隼人・椿の5人は急いで伊吹山を出て大坂へ、
そして九州へ向かうことにした。
隼人と椿が他の3人の前後に立って辺りを確認しながら
進む。ふと、結は思い出したかのように三成に話しかける。
「そういえば、他に、逃げた西軍の方はいないのでしょうか?」
三成は間を置いてから答える。
「…島津殿は既に俺達より西へ逃げた
と聞く。消息知れぬのは宇喜多殿くらいか」
「あ…」
結は宇喜多秀家のこともちゃんと覚えている。
「宇喜多さんが、この山の中にいたとしたら…」
助けたいと言いかけたところを、行長が制止した。
「秀家様ならきっと大丈夫や。迂闊に敵に捕まるなんてことは、ない」
「小西さんは、どうしてそう、言い切れるんですか?」
「長年の付き合いの、カンってやつかいな…」
「……」
行長は秀家を見捨てたいわけではないが、長くここに留まるのは
危険だと思っている。それは三成や他のメンバーも同じように考えている。
それに秀家は若い。三成や行長よりはよほど元気がある。
自力で大坂まで逃げ延びているかもしれないという可能性を
信じていた。

5人は無事に伊吹山を出た。しかしまだ警戒は怠れない。
今は東軍が佐和山城攻めを開始している頃だろう。
このことに関して一番ツラいのは三成だろうが、
その一方で九州にある行長の居城・宇土城も歴史通りにこれから
加藤清正の軍勢によって攻め立てられることになっているので、
やはり大名というものはツラいものである。
しかし、佐和山宇土も、よく敵に耐えたという話は今回は割愛する。

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9月17日、佐和山城は陥落した。三成の父と兄である石田正継・正澄らが
自刃したとの報せが風の噂で結達のもとに入ってきた。
三成は嘆き、息を漏らした。
「今は、大坂に向かうことのみを考えよう…」
三成の小さく縮こまった背中を見て、強がりだな、と結は思った。
同情したところで、三成にはありがたくもないはずだ。
皆、何も言わずそっとしておいてやった。

9月18日、徳川家康近江八幡に到着した。
9月19日、家康は続いて草津に到着した。

歴史は確実に結達の手によって変えられていた。
史実であれば、この19日に、まず小西行長が捕らえられることとなっている。
結と隼人の行動が、行長や三成の命を間違いなく引き伸ばしていた。

さて、19日に、結達は何とか大坂へ着いた。
運が良かった。幸い、無事だ。
三成は大坂城の門前まで来た。
城兵が三成の姿を確認して驚いている。
「これは…石田、様で…」
「石田治部少輔三成だ。門を開けよ」
「し、しかし…石田様は関ヶ原で徳川に敗れたとの報せを受けました…
敗軍の将を受け入れてはここも危のうなりまする…」
「!!」
三成は声を荒らげる。
「城内におられるであろう毛利中納言殿に面会を求む」
城兵はなお困惑している。
しかし、城内に三成来訪を告げると門はようやく開かれた。
三成は椿のみを下に残して結達も城の中に入るよう指示した。
天守まで、共に上がった。
結が昔の大坂城に入るのは初めてのことである。
未来にある大坂城とは似ても似つかないその巨大な構造と
壮麗さに驚くばかりだ。
「これが…豊臣秀吉さんのお城…」
至るところに施された派手な金箔も秀吉らしいと結は思った。

天守閣には亡き秀吉の側室淀の方とその息子・豊臣秀頼がいた。
淀の方は母親のお市の方に劣らぬ美女であった。
ボロボロになった三成の姿を見て、驚いた様子だ。
「これはこれは、石田殿に小西殿…」
三成達は腰を下ろし正座し、一礼をする。
「ただいま、戻りましてございます」
「石田殿は、先の戦で負けてここまで逃げてきたのか?」
「…私は、まだ、諦めておりませぬ。未だ兵力を温存している
毛利中納言殿を立たせ、秀頼様の御力をお借りしたいと思うておりまする」
「秀頼に戦場へ行けと申されるか」
「少し姿を東軍にお見せになるだけで良いのです。
奴らは恩ある豊臣に仇を為す不忠者にございます。
秀頼様のお姿を拝見すれば、すぐに己の行為の愚かさを悟り、
こちらに戻ってくるやもしれませぬ」
「東軍は戦に勝ち、勢いづいておる。今更敗将のそなたに
味方する者がおるとは思えぬ…」
「このままでは、豊臣の行く末も危ぶまれます」
「……」
このまま三成が大坂城に現れたりしなければ、東軍に加担した
大野治長という人物が徳川と豊臣の間は仲立つ予定だった。
しかし今、三成に協力を求められて困っている。
三成は埒があかないと判断したか、一旦席を外して結達にこう告げた。
「そなたらは摂津と共に先に行け」
「三成はん」
「摂津、生きろ。生きてこその人生だ。俺は俺の最善を尽くす」
「…三成はんも、元気でな…」
結も三成に別れを告げた。
「また、会えると良いですね」
「…そうだな。次会う時は、そなたが一番望んでいるカタチで
再会を果たしたい」
「!」
三成の言葉には深い意味が込められていた。
「さぁ、行け。グズグズしている暇はないぞ」
「はい」
結はさよならは言わなかった。また会えると信じて。
城門まで出ると、椿が一人待機していた。
結は椿にもお礼を言った。
「私達、行きます」
「そうか」
「石田さんはまだ城内にいます」
「分かった」
「短い間だったけど、お世話になりました」
「ああ。無事を祈る」
単直に言葉を交わした。
「さぁ、行こう!」
結は歩みを進めたが、すぐに立ち止まった。
「……西って、どっちだっけ…」
「ダメじゃねーか!」
隼人は笑った。行長も素直に笑った。
3人は、更なる歩みを進めた。

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3人は大坂城下を歩いた。ここを歩くのは久しぶりだった。
結が初めてやって来た場所もこの通りだ。
清洲で別れた井伊直政に言われた通り、隼人に大坂まで送り届けてもらうのが
目標だったが、今は完全に目指す場所が変わっていた。
この城下町で、結達は更に奇跡的な出会いをした。
屋敷と屋敷の暗い通路から、何者かがこちらに対し手招きをしている。
「何あれ…」
結は若干恐れたが、隼人が前に出て通路の方へ行ってみた。
すると、隼人は驚きながらも結達を手招いた。
全員通路に入ると、薄暗い中から顔見知りの人物が出てきた。
暗くてよく姿が見えないが、次に来る声で分かった。

「行長…生きておったか……!」

行長もすぐこれに反応した。
「その声は…坊っちゃん?」
坊っちゃんではない秀家じゃ…!」
何とまぁここに来て西軍首脳の一人・宇喜多秀家に出会えたのだ。
「坊っちゃ…秀家様、ここまで逃げて来はったんですか…?!」
「そうじゃ。先程お豪(秀家の正室、妻)のおる屋敷を訪ねての、
これから薩摩まで逃げるつもりじゃ」
「薩摩に?!」
「島津殿を頼る。まさか儂を見捨てはしまい」
「そうでっか…」
「いやはや、お主が無事で良かった…本当に……」
秀家の声は上ずっている。
「それで、お主はこれからどうするのじゃ…敵に見つかれば
儂もお主も打ち首にされるぞ。当然逃げるであろう?」
「実は、僕らも、薩摩に逃げ落ちるつもりで…」
「何と!」
秀家はここでようやく結と隼人の姿を確認した。
「そこの娘は…あの時の…」
「お、お久しぶりです。相原、結です…」
「まさか、お主らが行長をここまで?」
「はい」
「そうか」
秀家は喜んでいた。まさか仲間に会えるとは思ってもいなかったのだ。
行長はつい先程まで三成と一緒だったことも告げた。
秀家は目を輝かせて、両手に力を込める。
「これも何かの運命じゃ…天はまだ、儂らを見捨ててはおらぬ。
行長の行き先が儂と同じならば話は早い。共に参ろう!」
秀家に会ってから行長の表情には生気が蘇っていた。
行長は笑顔で答える。
「もちろんですわ!」
こうして秀家が合流した。裏口から明るい通路に出ると、秀家は
行長が怪我をしていることに気づく。
「その怪我…」
「ああ…これくらい、どうってことはありまへん」
「ならぬ。せめて手当てだけでもしておけ」
秀家は腰につけていた小包からを取り出した塗り薬を自ら
行長の腕と足の傷口に塗ってやった。
「その薬は…」
「以前お主が儂の妻宛てにくれたものじゃ。先程お豪のもとへ
行った時、怪我した時のためにともろうてきた。ここで役立つとはな…」
小西行長は堺の薬屋の出だ。今でも薬に携わることが時偶ある。
自分の薬で自分の傷の手当てをされているのも滑稽であったが、
秀家の気遣いに甘えた。
それから袖の布を引きちぎり、徒歩に必要な足に服の上から
巻きつけて縛った。
「怪我して数日経ってしまっておるが、少しはマシになろう」
「おおきに」
その様子を見て結は隼人にこう言った。
「小西さんと宇喜多さんってやっぱり仲良しだよね」
「故太閤に仕える前からの付き合いだしな」
「清正さんともあれくらい仲が良ければ良いのに」
「それはそれで気持ち悪い」
「そうかなぁ…」

再び4人は歩き出した。西へ向けて。